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新アルバム曲「No Proof」から見るFAKE TYPE.の特異性とその完成(アルバム批評)

(画像はFAKE TYPE.のアルバム『FAKE SWING』から)

新アルバム曲「No Proof」から見るFAKE TYPE.の特異性とその完成(アルバム批評)
2022年11月16日(水) 公開

○ご挨拶(読み飛ばし可)

 おひさしぶりです。Note記事の更新は実に10ヶ月ぶりのようです。ずっと書きたいと言う気持ちはあったのですが、身の回りの環境があまりにも変化しすぎて面食らっていたらいつのまにか冬の背中が見えるような季節になってしまいました。
 ということで、今回は感じたことを素直に、そして勢いに任せて書いてみました。普段と違ってボカロについての記事ではありませんが、はじめましての方も前々から見てくださっていた方も楽しんでいただけたら嬉しいです。

○記事前書き

 今回取り上げるのは2022年11月16日、つまり当記事更新日の0時にリリースされたFAKE TYPE.の新アルバム、『FAKE SWING』です。1stアルバム(『FAKE JAZZはカバーアルバムと判断)である2015年リリース『FAKE BOX』から数えて5枚目のアルバムになります。
 しかし、2016年の3rdアルバム『FAKE WORLD』リリース以降、FAKE TYPE.は実質解散状態に陥っていますので、2019年に「Princess♂」で実質的再結成(「Princess♂」はトップハムハット狂名義)をしてからはそれまでとやや音楽性が変わっており、19年以降の活動は"セカンドキャリア"と言っても差し支えないでしょう。"セカンドキャリア"を念頭に考えるのであれば2021年リリース『FAKE LAND』から1年ぶりの2ndアルバムという風に考えるのが自然かもしれません。
 セカンドキャリアに入ってからは特に曲提供の機会が増え、彼らの音楽も2016年以前とは違うものになっています。勿論、根幹に"エレクトロ・スウィング(以降、E.スウィングと表記)"と"トップハムハット狂(以後、THHKと表記)の独特なラップ"があることに変わりはありませんが、2019年以降はそれまでよりも音楽としての幅が増え、THHKでいえばややメロディアスなフロウを使う機会が増えたこと、DYES IWASAKI(以降、IWASAKIと表記)でいえばトラックにアコースティックギターを多用する様になった事とブレイクのパターンが増えたように感じます。
 曲提供についてはわざやざ言うまでもなく増加しています。この記事を見ている方であればAdoへの提供曲「ウタカタララバイ」が記憶に新しいかと思いますし、その他にも缶缶、超学生、TRiNITYといった大物歌い手/ユニットに曲を提供していることもご存知かと思います。このように、セカンドキャリアでFAKE TYPE.としての名声は非常に高まったと言えるでしょう。

○ 『FAKE SWING』の特異性

 それを踏まえて本題に入ります。前書きでも話しましたが、FAKE TYPE.の根幹にあるものといえば「IWASAKIの作るE.スウィングとHTTKのラップ」です。このコンセプトはFAKE TYPE.発足時から継続しているものですので、多少サウンドが変わっても2013年に「FAKE STYLE」でデビューしてから現在まで一貫していると言えるでしょう。
 しかし、そのコンセプトで作成された楽曲自体はFAKE TYPE.以外にも多くあります。その中でも最も有名なのはYouTubeで3.6億回(2022年11月現在)の再生回数を誇るCaravan Palaceの楽曲、「Lone Digger」でしょう。早いテンポのE.スウィングのトラックに高速で言葉を詰め込むラップというスタイルは前述のコンセプトと同一の物です。リリースは2015年なのでFAKE TYPE.の結成より後ですが、シーンに対する影響の是非から言えばFAKE TYPE.がCaravan Placeから影響を受けることはあってもおそらく逆は無いでしょうから(そもそもFAKE TYPE.の再評価が始まったのは「Princess♂」のヒット以降)、FAKE TYPE.がこのジャンルの牽引者であるとは言えないでしょう。

 それではなぜ今回のアルバムは特異なのか?それは"アルバムを通してそのコンセプトを貫いている"からに他なりません。
 実は前述の「Lone Digger」を収録したアルバム『<I°_°I>』は決してヒップホップ色が強いアルバムではなく、トラックもむしろEDM/IDM系統のものが多いのです。なので、そのコンセプトはあくまで単曲だけのものだと考えるのが妥当でしょう。
 また、最も重要な点として"FAKE TYPE.自体がそのコンセプトを貫いたアルバムを出していない"という点が挙げられます。実は、今作を除いた4枚のアルバムは徹頭徹尾"ヒップホップ×E.スウィング"をやっている訳ではなく、E.スウィングとは違う文脈(EDMやピアノビート)でビートが作られている曲やフューチャリングゲストを呼んで制作した、前述のコンセプトとは外れた曲も多くあったのです。
 例えば、1stアルバムの『FAKE BOX』では電波少女、MAX BETなどインターネット出身のラッパーを客演に呼んでいます。ひときわ印象的なのは、ニコニコ動画出身のTHHK(当時の名義はAO)がその当時同じくニコニコ動画で活躍していたラッパーであるill.bell、雨天決行と共に結成したクルーであるRainyBlueBell名義の曲が収録されていることです。ビートはIWASAKIが手がけていますがE.スウィングではなくピアノを用いたEDMであり、明らかに前述のコンセプトとは外れています。
 このように、E.スウィングとTHHKのラップが真の意味で融合したアルバムはこれまでありませんでした。しかし、今回のアルバムはあくまでも"E.スウィングとHTTK"を魅せることに終始しており、そこが特異かつ印象的な点であると言えます。

○「No Proof」から見るFAKE TYPE.の特異性とその完成

 個人的にはそのスタンスでアルバムを一本作るようになった理由として、前書きでも書いた音楽性の拡張が大きかったのかなと思います。やはり同じような曲調ばかりになってしまうとアルバムとしては問題がありますので、"E.スウィングの上でラップをすることをどう飽きさせないか"というのが大きなポイントになってきます。そして、アルバムを通してこのコンセプトを貫き通せたと言うことはいままでマンネリ化を防ぐ為の策として行われていた"ヒップホップに寄せる or ビートをピアノビートやEDMに変える"と言った策がコンセプトを外れることなく(=E.スウィングのままで)出来るようになった事を意味しています。音楽性が広くなり、同じジャンルの中でもメリハリを付けられるようになったからこそ今回のアルバムは制作されたのでしょう。ここにあって、FAKE TYPE.の特異性は完成されたのではないかと思います。
 個人的にその音楽性の拡張の最たる例だと思っているのがアルバムの大トリに入っている「No Proof」の存在です。

 この曲は今までFAKE TYPE.がコンセプトから外して製作していた"切なく聴かせる締めの曲"の枠であり、それでいてE.スウィングでもあるというFAKE TYPE.が培って来たもののある種の集大成とも言える曲です。ビートは比較的遅めのテンポ。派手なブラスがジャズ感を演出していますが、その裏でアコースティックギターとピアノの音色がしており、どこか切ない印象も同時に受けます。
 ビートだけでなくTHHKのラップも今までのFAKE TYPE.とは一線を画しています。これまでのTHHKといえば日本語と英語の耳触りのいい部分を小気味よく使ういわゆる"バイリンガルフロウ"が特徴でしたが、この曲は殆ど全編を日本語で作詞しています。フロウもバイリンガルフロウというよりかはBOSS THE MC(THA BLUE HERB)から志人の流れにある淡々と日本語を矢継ぎ早に繰り出すようなフロウを使っており、そのあたりが非常に印象的です。HTTKの作詞の才能は 「Mister Jawel Box」で証明された通りではありますが、ここまで切なくメッセージ性の強いリリックが来るとは思っていなかったのでかなり驚かされました。冒頭の「種も仕掛けもないが実りも趣もない」という言葉遊びをしつつも重いラインが心にのしかかります。また、HOOKの「存在意義なんて言葉自体嫌い どうして理由がなきゃいけないの?」というラインはかなりのパンチラインです。「存在」の部分で母音ai(son"zai")を登場させつつ、「自体(jitai)」と「嫌い(kirai)」で母音iaiの押韻を行なっており、"メッセージとライムを両立させる"というヒップホップにおける至上命題も完璧にこなしており、言葉としても音楽としても非常に頭に残るものとなっています。
 こうした曲を"E.スウィングとHTTKのラップ"というコンセプトから全く外れる事なく制作したという事実はFAKE TYPE.がこれまでより高いステージにいることの証明だと言えるでしょう。

○後書き・感想(読み飛ばし化)

 ということで本記事は以上になります。ここからは単なる感想日記です。
 率直にいえば、筆者はFAKE TYPE.のコンセプトが大好きだからこそ今までのアルバムの作り方には少し懐疑的な見方を持っており(誤解しないで欲しいのですが、ヒップホップは大好きですしニコラップもRBBも大好きです)、「配信当日に聴こう」とは思いつつも今回も最後の方はコンセプトから外れた曲であまり締まらない感じになるのではないか…という疑念が脳裏にはありました。しかし、今回のアルバムは最高の形でそれを覆してくれました。特に(もう書くことないくらい書きましたが)最後の「No Proof」には楽曲の内容としてもFAKE TYPE.の追っかけとしても感動してしまい、今日一日延々と聴いています。多分既に20週くらいはしてます。タイトルの"No Proof=証拠なし"、というのをFAKE TYPE.というユニットでやっちゃうのがまずセンスしかないですしそれに加えてこんな素晴らしいビートと余りにも切ないリリックを聴いてしまったのでもう…やられた、という感じです。最初に書きましたが今回の記事もそんな熱と勢いに任せて書いたものですからどのくらいの影響があったのかはなんとなく分かっていただけるかと思います。数えてはいませんがおそらく本Note最長記事なのは間違いないでしょうから…。

 とにかく、私から言いたいことは一つです!
今回のアルバム最高だからみんな聴こう!!!FAKE TYPE.どんどん推していこう!!!


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