シロクマ書庫解散を聞いて勝手に悲しくなった話

 私はPlay By Webと呼ばれるインターネット上で展開されるシナリオ型ブラウザゲームの運営をしている。(https://rev1.reversion.jp/top

 PBWは創作と強く結びついており、私の経営する会社には多くのクリエイター(小説家、シナリオライター、イラストレーター、声優)等が登録をしており、事業を成り立たせてくれている。

 そんなPBWはその性質上、ライトノベル作家やイラストレーターといった人々と切っても切り離せない関係だ。それが完全にそれで生きている商業畑の方であっても、副業での活動をしている方であっても、趣味を楽しむ為のアマチュアであっても変わらない。
 PBWが多くのクリエイターを登録者として抱え、彼等の創作活動によって収益を上げる事業モデルである以上、そこで起きる事は常に近隣の出来事である。

 さて、そんなPBWの運営者である私が何故表題の件についてnoteを書き連ねているかという話である。
 結論から言えば、最近創作界隈でちょっとした事件が起きた。
 出版に興味のある(主にアマチュアの)ライトノベル作家であったり、そうでなくともアンテナが高かったりする方等には知られている話かも知れないが、理想を胸に電子書籍レーベルを立ち上げ、精力的に活動していたとある事業集団が活動停止を宣言したのである。
 元々はクラウドファンディングで資金を募り(https://camp-fire.jp/projects/view/536237)、法人化した上でレーベルを立ち上げるとの話であり、運営者はかなり様々な腹案があると語っておられた。しかしながら実に潔い事にAll-or-Nothing方式で募られたクラウドファンディングは目標額の500万円を達成する事は難しく、この企画は個人事業からのスタートで始まる事になった。

 個人事業の資本は当然ながら個人に依存する。
 元々がクラウドファンディングを期していた位なので資本的余力は殆ど無かった事だろう。
 とは言え、個人で強くそれを夢見て事業をスタートする位なのだから、恐らく代表氏は非常にレーベルを作る事に熱心だったと思われる。事実、数か月程度の運営期間でかのレーベルは五冊ものノベルを『発売』した。
 この出版は当然と言うべきかコストの勝る紙媒体での発売ではなくAmazonのkindleを利用した電子書籍出版ではあったが、ノベルを選定し、イラストレーターをマッチングし、内容を編集、校正し、発売に漕ぎつけるというのはそれ相応に情熱も労力も必要であろう事は想像に難くなく、これは一定の真摯さ抜きには難しい事であろうと思う。

 しかし、残念な事にこの試みは僅か数日前、7/6に完全な頓挫を迎えてしまったようだ。(https://note.com/bearhawk/n/n718317f3d456

 そこに纏わる事情について私は知らないし、判断をする術がない。従って是非や真偽についてに言及する心算は全くないが、代表氏の言い分を信じるなら、理由は『身内同士の不和と主導権争いによるもの』らしい。
 私はこの企画が商業的に成功したとは幾つかの理由から思わないが、この結末は実際の売れ行きや金銭的利得の有無以上に実に悲しいものがある。レーベルが消滅した結果、発売された作品は配信停止となった。つまる所、出版の為に尽力した作家、イラストレーター等の尽力は彼等の力や事情の及ばない所で水泡に帰す事になってしまったからだ。
 世の中には様々な事情がある。
 当然ながら会社を経営していても仲間同士の不和や金銭トラブル、収益不振等で事業の継続が難しくなる事もあろう。だが、本事件については関わっているのは事業運営当事者だけではない。多くのクリエイターを『関わらせてしまっている』以上は彼等に対しての責任を背負う必要は確実にある。些か厳しい言い方になるが、レーベルの断念と共に作品を即時に引き上げる判断を含め(作家によっては発売僅か二日程度での配信停止を突き付けられている。それが作家にとってどれだけの痛恨になるかは言うまでもない)『夢を追いかける事を優先し過ぎて、事業的な見通しの甘さ、或いは組織的脆弱さを露呈した』と断じざるを得ないと思う。

 ビジネスモデルとしての問題は明白だ。まずkindleを通じて書籍販売を行う場合、効率の良い専売を選んだとしても売上に対して獲得出来る印税は70%、つまり30%のプラットフォーム利用料が掛かる。レーベルが作家に対してkindleでの代行形での出版を行う場合、その70%が作家(イラストレーター)、レーベル(企業・個人事業)の収益となる訳だが、この数字を例えばクリエイター50%、レーベル50%とした場合、500円の本が一冊売れた時の収益は僅か175円である。
 大手出版社が力を尽くして、満を持して発売する紙媒体の『ちゃんとしたライトノベル』でも数千冊を売るのは大変、ましてや数万冊を売るのは非常に困難な時代である。氏が一冊175円の利益をこぎ出したばかりのマイナーな電子書籍レーベルの力で何冊分積み上げられる計算でいたのかは氏ならぬ私には分からない。但しそれで十分な金額を稼ぎ出すのが不可能とは言わないまでも、非常に難易度の高い挑戦であるのはご想像の通りである。
 何かの間違いで(としか言いようがない)スマッシュヒットし、仮に1万冊売れたとしてもレーベルの獲得する金銭は175万円である。本邦の平均的な人的コストからすれば一人を半年雇用するので精一杯だ。そして実を言えば本件については予めレーベルの取り分は『20%』であるとされていた。つまり、上記条件に当てはめるなら本当の利益は70万円だ。余計に難しい。

 不和の原因、事業頓挫の直接の原因は分からないが、往々にして試練とは順風ではなく逆風の時に訪れるものである。個人資本の脆弱さ、組織的な基盤の弱さも含め、キャッシュフローの難しさや独立独歩たる事業の展開が様々な要因に阻害され難しかったであろう事は運営自体に少なからぬ影を落とした事は否めない。素晴らしく情熱的理念を持ちながら、それが形になる前に空中分解してしまったのはそれに期待を寄せた人にとって――ましてや出版した作家にとっても決して喜ばしい事では無かった筈だ。
 同時にこれから先、同様の事業を志す人間が居たとしてもこの失敗の前例は決してプラスにはならない。『個人』が期待を集める事がより困難になるのは当然の事だ。

 私は昔から小説を書く事が好きだった。忘れもしない数十年前、私が最初に創作の世界に足を踏み入れたのは齢僅か十の時の話であった。当時は年上の従兄弟の作っていたゲームブック(読み進め、選択等を行い、指定された番号のページ等に移動するアレだ)に憧れてその真似をしたのが始まりだった。
 その後、それが高じて拙い漫画を描き、小説を書くようになり、学生時代の青春やらそういう得難いものを常々犠牲にしながらただつらつらと『駄文』を大学ノートに刻み続けたのである。

 だから私は痛い程、アマチュア作家の気持ちと言うものが良く分かる。電子であろうと紙であろうと(出来れば紙の方がいいけど)他者、取り分け会社の出版企画に作品を委ね、プロデュースして貰いたい、そうして貰って嬉しいという気持ちは嫌になる程良く分かる。
 ……なので、電子書籍の出版という『世界』がより身近に広がった事は大変素晴らしい事だと思っている。ただ同時に、余りにも身近になってしまったが故の危険性も感じている。作家が自己出版するのは全く問題ないというか大変結構だと思うが、明確な勝算無くこれが『ビジネス』になると思う、運営側が生じた時(そして本件のように何らかの不幸な事故を起こした場合)の事を心配している。それは誰にも悪意が無かったとしても、多くを傷付けたり、幸せにしなかったりする結末を産みかねないからだ。

 本記事は誰かを批判するものではない。本当に。
 唯、上記を目の当たりにした私はこう思っただけなのである。

「幸いに私は法人を有している。
 更に幸いにも私はそういった行動するに十分な資本を有している。自社には千を軽く超えるイラストレーターさんが登録をしている。二百人近い声優さんもいる。いっそ、私がレーベルを作ったらいいんじゃないか……?」

 自分の夢の残滓の為に。
 現時点で世迷言のような話ではあるが、もし未来において本当にやったら是非一顧位はして欲しい。

 ……現金だから反応があったら真剣に考え始めるかも知れない。      

 仮に実行したならば、私は電子書籍出版に一切短期的利益を求めない。
 作品を磨く努力、売る努力こそすれ、その全ては何年もの先に向けての単純な投資である。
 恐らく私は現在の主流から外れた良作を唯、形にしたいだけである。
 その先に何かで認められる事があるとか、自分とこの事業に資する事があるなら、マジラッキーだとは思うけれど。


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