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雷神

 


 ◆招かれざる客

 雷神が我が家の上空に、長逗留(ながとうりゅう)した夜があった。
 ミニチュアダックスフンドのシモンは、しきりに吠える。
 盲導犬・エヴァンは訓練されているので、吠えることはしない。しかし、シッポを股の間に巻き込み、怯えている。リードを外してやり、抱きしめて落ち着かせる。
 二匹とも、招かれざる客が去った後も、しばらくは不安そうな様子だった。

 思えば、二〇二〇年の夏、エヴァンが我が家にやってきた時、手荒い歓迎を受けた。
 ワンツー(トイレ)をさせようと、玄関を開けた。にわかに雨が土砂降りになり、ゴロゴロときた。エヴァンは震え、私の脚に体をすり寄せた。
 当時、二歳。大阪の赤坂千早村にある盲導犬訓練所で生まれ、パピーウォーカーは大阪市内だった。激しい自然現象に揉まれる経験は、ほとんどなかったのだろう。

 ◆恐怖体験

 三年目のこの夏、またしても命の縮まるような体験をさせてしまった。
 往診に行き、帰る間際になって降り出した。雨は次第に音を立て始め、おまけに遠雷も近づいてきた。ドライバーの妻も尻込みし、天気の様子を見ることになった。

 いよいよ雨は激しくなった。雨脚で視界は数メートル。息苦しささえ、覚えた。一天にわかにかき曇り、ゴロ・ピカと同時だった。
 エヴァンの息遣いがますます荒くなる。口を開け、全身で呼吸している。見ているに忍びなかった。叩きつけるような雨が少し弱まったのを幸い、私たちはクルマに乗り込んだ。
 途中、雨と雷鳴は相変わらずだったが、エヴァンは落ち着きを取り戻した。人間があんな息遣いになったら、施術者としての私はどうするだろうか。考えさせられる一幕だった。

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