村の少年探偵・隆 その10 上には上
第1話 山の学校の今昔
隆たちの通った学校は、I街道沿い、I川とM川との合流地点にあった。狭い校地だった。ただ、あの辺りで学校建設地を探すとなると、ほかに候補地は見つからない。選択の余地はなかったのだろう。
まず中心部に小学校が建てられ、運動場はその手前に整地されたものと思われる。次に奥の山を削って中学校が建てられ、運動場の隅を幼稚園舎に充てた。
途中、小学校には分校も開設されるなど、戦前・戦中・戦後の学校教育史が凝縮されたような「山の学び舎」だった。
隆は第1次ベビーブームに少し遅れて生まれた。それでも教室はギューギュー詰めだった。隆が中学に入った頃、生徒数では都会の学校に敵わなかったものの、人口密度は県内有数であったことは容易に想像できた。
隆盛を誇った「10年一貫教育」の「総合学園」も、就学人口の減少により、1970年に中学校は統合され、82年に分校は廃校、2012年に幼稚園が廃園、翌13年に小学校は廃校となった。
まるで、逆送りされる映像を観ている感じだ。
今、中学校のあった場所は更地になり、わずかに残った小学校の建物の一部で、移住者が飲食・宿泊業を営んでいる。園舎の面影を留めるものは何もない。
第2話 団体競技
分校はM川の上流にあり、村営のマイクロバスが運行していた。車道が抜けるまでは全くの陸の孤島で、本校に用事があれば、何時間もかけて山を登り降りし出てきた。
バスで半時間ほどに短縮されはしたが、本校と分校の交流は、ほとんどなかった。本校生には、分校の存在さえ知らない者が多かった。
隆も例外ではなかった。ある日、見慣れない男子生徒がいた。事情通が、その子が分校生であることを教えてくれた。小学校の卒業式か、あるいはほかの用事で本校に立ち寄ったものか定かでない。
隆が気づいた時には、分校生はソフトボールに興じていた。
分校生が打席に立った。何球か見逃した後、分校生の振ったバットは見事に外野に球を運んだ。
拍手が起きた。友情の証だった。
「走れ! 走れ!」
チームメイトの声援を受け、打者は3塁に向かって全力疾走した。
ルールを知らなかったのである。
分校では多い年でも生徒数は10人あまり。チームは組めず、ソフトボールなど経験がなかったのだろう。
案の定、右打席に入っていた分校生が守備につき、右手にグローブをはめていた。捕球した後、いったんグローブを外してから投げる格好は、いかにもぎこちなかった。
スポーツと言えば、隆は足には自信があった。50メートルを6秒台で駆けた。正確に言えば「50メートルまでは6秒台」だったことを、高校に入って思い知らされた。
進学先は、都会のマンモス高校だった。体育の時間に100メートル走があった。隆はスタートダッシュをかけた。
級友と大きく差を広げたが、50メートルを過ぎたあたりから、足がもつれ始めた。山の学校では、とても直線で100メートルのコースは取れなかったのである。
第3話 大事の前の小事
ともあれ、本校の生徒たちは分校生に関心を持った。分校生は質問攻めに合っていた。今日で言うところの「ぶら下がり取材」みたいだった。
緊張のあまり、分校生は泣き出してしまった。洋一のような中学生も加わって取り巻いたのだから、無理もない話だった。
そこへ生徒指導教師が通り掛かった。
「誰が泣かしたんや?」
隆と洋一、修司は、バックネット裏で厳しく追及された。
(あれくらいのことで泣くなんて)
3人は不服だった。しかし、そんなことは、この暴力教師の前で、おくびにも出せなかった。
いよいよ、隆たちは覚悟を決めた。殴られるのは慣れているが、喜んで頬を差し出しているわけではない。
ソフトボールの後片付けをしていた生徒たちがざわつき始めた。
「この子の荷物がなくなっとるって!」
生徒指導教師は、隆たちに説教している場合ではなかった。
分校生は財布と弁当箱を古いナップザックに入れていた。バス賃のほか「都会へ行くので」と、親が小遣い銭も持たせてくれたはずだ。
「悪いな。ちょっとごめんよ」
用務員が不用品をネコ車に乗せ、焼却炉に運んでいた。
「これは、先生。ご苦労なことですなあ」
意味ありげに洋一たちに目をやった。
一日に2便しかないバスの出発時刻が、迫っていた。生徒指導教師はバス賃をポケットマネーから出してやり、分校生を乗せたバスは山奥へと消えた。
第4話 都会は怖い
殴られはしなかった。また、今回に限り、窃盗の疑いもかけられなかった。3人の足取りは軽快だった。
「あいつ、どんな山奥に住んどるんやろ」
「運動場なんかないんと違うか」
「人間より、猿が多かったりして」
言いたい放題だった。
「けど、どこにリュック置いたのやろ」
修司には優しい一面があった。
「修ちゃん。まあ、山の中やから、泥棒なんかおらんやろ。都会に出てきたら、貴重品は肌身離したらいかんってこと習うてないんやろ」
いつしか洋一は都会っ子気取りだった。
「洋ちゃん。ちょっと待ってや。警戒心がゼロやから、そこらにリュックを置いた。邪魔になるので、片付けた者がいた。誰かがそれをゴミやと思うて…」
言いながら、隆はネコ車を思い出していた。確かに、ボロ切れのようなものがあった。
3人は学校に引き返した。
焼却炉から、煙が上がっていた。用務員が止めるのも聞かず、洋一は焼却炉によじ登った。蓋を開け、灰かき棒で焼け焦げたリュックを取り出した。
リュックは山仕事などに長年使ったと見え、くたびれ果てていた。中から、財布と空の弁当箱が出てきた。
3人は暗くなりかけた千足道を急いだ。
「洋ちゃん。よかったなあ。財布が無事で」
隆はホッとしていた。
「ゼニ盗られとったら、あいつ『都会は怖いところや』って、一生思うやろな」
笑ってはいたが、3人はまだ本当の都会を知らなかった。
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