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村の少年探偵・隆 その4 さらし者


 §1 暴力教室

 隆の世代は、よく先生に殴られた。親たちは、そんな教師ほど、熱心だと誉めそやした。
 小学生の時、女性の教員に殴られた記憶がある。
 始業ベルが鳴ったのを無視して遊んでいて、教室の後ろに整列させられた。
「股を張れ。歯を食いしばれ」

 何をされようとしているのか、隆には分からなかった。
 とりあえず、足を開いて踏ん張り、奥歯を嚙み締めた。
 教師は体をひねり、腕を大きく回して頬を張っていった。
 噂に聞く、軍隊式のビンタだった。強烈な衝撃だった。

 また、ある女性教員は陰湿だった。
 隆が女子生徒をいじめ、担任に呼ばれたことがあった。
 担任は二の腕を洋服の上からつねってくる。年季が入っていた。はた目には指でついているようにしか見えないだろうが、教員の指はしっかり隆の皮肉をとらえていた。

(もう止めてほしい。弱い者いじめはせんから)
 隆は身に沁みた。
 曲がった性根が次第に、まっすぐになっていくのを、痛感していた。

 暴力をふるった教員の多くは男女を問わず、戦前の生まれだった。
 隆が中学2年の時、短大出の新卒教員が赴任してきた。戦後すぐの生まれと思われた。
 大柄で、明るい性格だった。張り切って授業に出てきた。

 隆のクラスのワルが登校途中に青大将を捕まえ、教室の後ろの掃除道具入れで飼っていた時期だった。男子生徒が群がっていると
「こら、男子、そこで何やってるの!」
 女性教員はツカツカと近づいてきた。

 訊かれたので、ワルはとぐろを巻いた青大将を目の前に突き出した。
「キャ――――ッ」
 悲鳴が職員室に消えて行った。
 女性教員は教頭に援軍を頼み、その時間は教頭による説教の時間となった。
 あれが戦前生まれの教員なら、男子生徒は連座制で、実刑を免れなかっただろう。

 §2 バトル

 その若き女性教員が暴力をふるうのを、隆は一度だけ見たことがあった。
 宿題を忘れた者が立たされた。隆もその一人だった。
 教員は一人一人に理由を訊いた。
 隆の前の席にワルが立っていた。教員はネチネチと追及している。

「次は自分か」
 隆はすっかり覚悟はしていた。いよいよ隆の番になった。
 教師がワルの横を過ぎようとした時、ワルが振り向きざま、教師の横面を張った。腹に据えかねていたのだろう。

 教師もワルに掴みかかっていった。しばらく揉み合いが続いた。
「もう、教頭先生に怒ってもらう」
 ワルは職員室に連行された。隆はひとり難を逃れた。

 その事件も教室で起きた。
 女性教員は教卓の前で、顔色を変えた。
「ナニ、これ!」
 小さな紙片に「バカ」と書かれていた。それが教卓の上に置かれていたのだ。
「私に対する当てつけのつもり?」

 手が付けられなかった。
「誰がやったのか言いなさい」
 全員黙りこくっていた。
「先生から見ると、こんなことするのは誰か、分かってるのよ。どの学年にも一人や二人はいる。上の学年ほどひどくはないけどね」
 洋一のことを指しているのは、明らかだった。

 延々と続きそうだった。
 隆は手を挙げて、起立した。
「何、小杉君」
「ボクがやりました」

 §3 正義漢

「いいのよ、小杉君。はい、座って」
 教員は隆を座らせた。
「小杉君はね、自分で罪をかぶろうとしているのよ。小杉君がやってないことなんか、先生には分かっている。小杉君に対して、恥ずかしいとは思わないの。犯人は名乗り出なさい!」

 また、教師の長話が始まった。
 洋一やクラスのワルは、犯罪予備軍のような言われ方だった。
 教師は座席の間をゆっくり歩きながら、説教を続けた。

 隆の横を教師が通り過ぎた。
「先生。ちょっと」
 隆が教師の背中に触れた。手に何かを持っていた。紙片だった。
「こんなの付いてました」
 紙片には、やはり「バカ」と書かれていた。

「いつ気づいたの?」
 紙片を持つ教師の手が震えていた。
「教室に入ってきた時には付いてましたよ」
 隆は極めて冷静だった。
「ええ」
 和子も相槌を打った。

 §4 巻き添え

 教師は教卓に戻り、突っ伏して泣き出した。
 可哀そうだったが、隆たちにはどうすることもできなかった。

 しばらくしてチャイムが鳴り、教師はうつむいて職員室に戻って行った。
 翌週、その教師は体調不良で授業にこなかった。お陰で隆たちは教頭から訓話を聞かされたのだった。

「なあ、隆。あの先生、よっぽど恥ずかしかったのやろなあ」
 背中に紙片を貼られ校内を颯爽と歩く姿を、洋一は想像した。
「洋ちゃん。ほんまにそう思うか?」
 隆は薄ら笑いを浮かべた。

「お前! ほな、和子まで巻き込んだんかいな」
 洋一は呆れ果てた。
「そりゃ、和ちゃんやって、洋ちゃんのことをあんなに言われたら、仕返ししとうなるわ」

 クラスメイトの背中に、悪口を書いた紙を貼るなどというのは、たわいないイタズラだった。落ちた紙片がたまたま教卓に置かれていたことから、気鋭の女性教員は難に遭ってしまった。
 誰が書いたものか、名探偵・隆には関心がなかった。その者が犯罪予備軍なら、世の中は軽犯罪者であふれている――隆の持論だ。

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