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入学式

 住み慣れた関東から8年前にUターンした。子供が4人、孫娘を加えた7人家族だった。
 いきなり、妻と二女の3人になり、人生のステージが進んだことを実感していた。1年ほどして、長女が孫を連れて追いかけてきた。田舎の看護学校に入学したい、という。再び、我が家が賑わしくなった。

◆田舎暮らし
 孫は1年間、新居の裏の保育所に通った。小学校に入学した時、新入生は2人だった。5年間、1学年2人だけの学校生活が続き、6年になると転校生がひとり来た。みんな女の子だった。
 当初、田舎ならではの経験をさせようと、いろいろなところに連れて行った。川釣りでは歓声を上げて魚を釣り上げていた。親戚宅に泊まった時、掌にエサを乗せ、メジロに啄ませていた。
 家の裏山にどんぐり拾いに行った。お土産にどんぐりを持ち帰る、と保育所の先生に公言したらしい。楽しみにしていたのだろう。
 裏山の道は険しかった。弱視の私にはきつかった。最初、孫が先導役を務めた。そのうち、スピードが鈍ってきた。動かなくなる。
「ジィジ、もう帰ろうよ」
 ついに弱音を吐いた。
「なに言ってるの。先生に『どんぐり拾ってくる』って約束したんでしょ」
「先生には『どんぐり、なかった』って言えばいいじゃん」
 もう知恵が付いていた。
 なんとかなだめすかせて、山道を登り切った。親切な方がいて、一緒にどんぐりを拾ってくれた。先ほどのしんどさはすっかり忘れたようだった。

 ◆友達
 その山と尾根続きで、湿原がある。サギソウが自生し、近くの小学校何校かで球根を移植して、絶滅寸前の種の保護に取り組んでいる。ツツジも見事と聞き、ゴールデンウィーク明けに長女の運転で出かけた。湿原の遊歩道を歩いていた時のことだった。
「ジィジ、鹿!」
 キョロキョロと見回した。視野狭窄の私には鹿が目に入らない。
「違う! 足元!」
 私の膝の横で仔鹿が見上げていた。
 私たちが歩くと、鹿は付いて来た。孫が走ると一緒に走る。これ以上、人間に慣れさせるとよくないと考え、私たちはクルマに退避した。
「来年また来て、仔鹿が大きくなっていたら、私、背中に乗るんだ」
 仔鹿はいつまでも、走り去るクルマを追っていた。

 ◆変遷
 3年生に上がったが、鹿のことは話題にのぼらなくなった。新しく、サギソウの世話が始まっていた。
 中学校へはバスで通う。私の母校が廃校になったのは1969年、統合された中学校も2009年にはさらに、孫の入る中学校と一緒になった。
 私の中学校入学式のことは覚えていない。ただ、昔は入学式と言えば、桜の花が満開だった。子供たちがサギソウの保護に携わり、一方で野生の鹿が人間のすぐそばに出没するような時代が来ようとは、誰も予測できなかったはずだ。今、新入生はどんな希望を抱いて校門をくぐっているのだろうか。









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