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桑原晃弥『イーロン・マスクとは何者か 世界を救うヒーローかクレイジーな夢追い人か』星雲社(リベラル社)

いま世界で一番注目され、尊敬され、一方で批判の的となっている企業家と言えば、イーロン・マスクの右に出る人はいないであろう。しかし、実際にはどんな人かを知る人はそれほど多くはない。

本書は、書名からしても、イーロン・マスクのことを知るうえためには、うってつけであると言えるかもしれない。

イーロン・マスクの特徴は、「壮大すぎるほどのビジョンを掲げる一方で、緻密なマスタープランに沿ってものごとを取り組み、結果出るまで何度失敗しようとも決して諦めることなく頑張り続ける」ところにあると、本書は結論づける。

1971年6月28日、南アフリカ共和国のプレトリアで3人兄弟の長男として生まれるが、8歳のときに両親は離婚。母親に連れられて弟と妹とともに、南アフリカの都市を転々とする。

無類の読書好きで、ファンタジーやSF小説を、1日に2冊読んでいたことが、のちに「世界を救う」という夢につながっているかもしれないと、イーロン・マスク自身が語っているという。

コンピュータにも人一倍強い関心を持ち、10歳でプロゲラミングを独学でマスターし、12歳で対戦ゲームソフトを雑誌に売って、500ドルを手に入れている。

17歳で、母の出身地カナダへ単身移住し、母親の親戚の家を転々としながら、厳しい肉体労働の日々を送ったのち、19歳でカナダのクイーンズ大学に入学する。

当時から電気自動車のことばかり考えている相当なオタクであったそうで、寮内でゲーム機や簡単なワープロをつくって安く販売したり、コンピュータのトラブルを解決するサービスで、小遣い稼ぎをしていた。

1992年、クイーンズ大学2年生を終えるタイミングで、奨学金を得て、念願のアメリカのペンシルバニア大学ウォートン校に進学し、物理学と経済学の学士号を得る。1995年、応用物理学を学ぶため、名門スタンフォード大学大学院物理学課程に進むが、新しいアイデアを思いつき、わずか2日間で退学する。

1995年、カナダに移住してきた弟のキンバル・マスクとともにオンラインコンテンツ会社「Zip2」を創業する。アパートより安い賃貸オフィスを借り、そこで寝泊まりし、近くのYMCAでシャワーを浴び、たまに行くファーストフードが唯一のごちそうだったという。

事業にかける情熱はすさまじく、設立して2年目には300万ドルの出資を得ることに成功し、ITブームの波にも乗って、1999年、コンバックのアルタビスタ部門に買収され、2200万ドルを手に入れる。

そのお金を元にオンライン決済サービスの「Xドットコム」を創業したのち、同業の「コンフィニティ」と合併、「ペイパル」と社名を変更した。ペイパルでは、最初は会長、のちにCEOに就任した。

しかし、イーロン・マスクがシドニーオリンピックの観戦に出かけたすきに、CEOを解任され相談役に格下げされてしまう。この苦い経験が、休みをほとんどとらない週100時間といった猛烈な働き方に影響しているという。

イーロン・マスクは、この時、怒りに任せて会社を辞めたり、株式を売却せず、ペイパルに筆頭株主として資産を増やした。その後、「イーベイ」による「ペイパル」買収により、1億8千万ドルを手にすることになる。

手にした大金で、「人類の未来に最も影響を及ぼす」ことに使おうと、人類滅亡の危機に備え、火星へ移住する計画を実現するため、宇宙ビジネスの「スペースX」を設立する。

さらに、地球温暖化や資源枯渇の危機感から、リチウムイオン電池の電気自動車を開発する「テスラモーターズ」に、2004年、650万ドルを出資して筆頭株主となるとともに、会長にも就任した。

イーロン・マスクは、超高級スポーツカーを完成させることにより、電気自動車市場に参入したが、そこには「秘密のマスタープラン」があった。
1 高価格を許容してくれる「ハイエンド」市場に参入する。具体的には、ロードスターというハイエンドのスポーツカー(8万9千ドル)を最初のモデルとして市場に参入する。
2 ロードスターを一定台数売ることにより、できる限り早くコストを回収し、コストダウンを実現する。
3 2番目の車種としてファミリー層向けのスポーティー4ドアセダンを、最初のロードスターの約半額で投入する。
4 さらに3番目の車種として、より安価な大衆型モデルを販売する。
5 モデル展開戦略に加え、ゼロエミッションの発電オプションを提供する戦略を並行して実施する。

一方、スペースXも相次ぐ失敗もあったが、2008年9月、4度目の挑戦で軌道投入に成功。2008年12月に16億ドルのロケット打ち上げ契約をNASAから獲得している。スペースXの持ち味は、事故や故障をしないことではなく、原因究明の速さと修正力にあるという。

イーロン・マスクの特徴は「やると決めたら、成功するまで諦めない」粘り強さがある。難しからこそやりがいがある。人類を救うという強い使命感がある。また、たとえ失敗しても、問題を一つずつ解決していけば確実に前に進むことができるという考えで、社員を励まし続けた。

テスラやスペースXでは、部品の70~80%は自社で生産する。ものをつくる力に情熱をかけ、多くのイノベーションを注ぎ込んでいる。半導体についても、サプラーヤーを通さず、半導体メーカーと直接取引したり、内製化したりしている。

イーロン・マスク自身が、人材にこだわりがあり、細かい採用にまで口を出す。トップレベルのプレイヤーを集めてナショナルチームをつくる。特に特定分野に才能を持つ人を集める。

最後に、本書ではイーロン・マスクの仕事の進め方を次のように挙げる。
①壮大すぎるほどのビジョンをかかげる。
②ビジョンを達成するための現実的なマスタープランを立てる。
③人前での失敗を恐れず、失敗したら原因を調べてすぐ改善する。
④成功するまで決して諦めない。
⑤アイデアがあれば、実際に動く試作品をつくることを何より大切にする。
⑥成功に向けて滅茶苦茶働く。
⑦目先の利益より長期の利益を優先する。

本書は、2022年10月出版で、ツイッター社の買収から手を引いたと書かれており、結果的に買収した展開を追い切れていない。また、昨年、イーロン・マスクが、自らをアスペルガー症候群であることを明らかににしたことも書かれていない。

しかしながら、コミックやSFのオタクであったイーロン・マスクが、世界の危機を救おうと奮闘していることを理解するためには良い本であると思う。



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