見出し画像

雨の日のホットな過ごし方

思い返せば、私は唐辛子をナメていた。農家の昼飯時、青唐辛子のタバスコ大匙大盛り一杯。トマトリゾットにかけるその挙動に迷いはなかった。それでいて燃えるような口内、反省は微塵もなかった。

高知県の真ん中より少し西寄りの小さな町、中土佐町・久礼(くれ)の海に面した小さな集落に、私が週の半分通う中里自然農園はある。

昼すぎ、あいにくのにわか雨に降られて午後の畑仕事は中止になった。農園長が昨日作ったと言う米麹、それから青唐辛子と醤油がある。

「三升漬、作っちゃう〜?」
「いいねぇ〜」

と、いつも通りの展開。

辛党である私にとって、鍋いっぱいの青唐辛子なんて、目に入れても痛くない、ことははないが、素手で触っても痛くない、くらいにはかわいいものであった。右手に包丁を握ってひたすら切り刻んでいく。

この失態に気づかぬ私を尻目に、農園長はコンロで塩を炒る。昨日、海水を煮詰めて作ったという自家製の塩。まだ残る水分を飛ばしてサラサラに仕上げるらしい。

早々に、塩仕事をおえた農園長は、今度はかまどでラードを作り始めた。チャーハンを作るときに使うアレだ。普通は豚の脂を使うが、貰い物のイノシシの皮とそれについた脂肪を使ってラードを作る。鍋を火にかけると、皮は残り、脂が溶け出す。皮を取り除いたら自家製ラードが完成する。

青空が見え始めた。雨上がりの猛暑の中で、火を熾す勇者、此処にあり。

ボウルの青唐辛子が残り数本になった時、ラードを作り終えた農園長が
「ちょっと火が強すぎたな」
とかいいながら満足げに釜屋(土間のダイニング)に戻って来た。

ふたたび、手持ち無沙汰になった農園長、今度は生クリームと砂糖と牛乳を冷蔵庫から持ち出してきた。アイスクリームを作るらしい。この雨によってもたらされた時間を一刻も無駄にしたくないかのような暇のない動き。狂気じみた創作意欲である。

同じ頃、私の左手に擦り込まれた青唐辛子がじわりと頭角を現し始めた。

その気配を指先に感じつつも、米麹、青唐辛子、醤油を1:1:1で割り混ぜ合わせる。辛党は皆作るべし、三升漬。タバスコ、七味唐辛子に並べて台所に置いておきたい発酵辛味調味料。瓶に詰めて一週間も置いたら、完成。麹の旨味が溶けだして、卵かけご飯、納豆ご飯、チャーハン、何でも美味しくなる。

混ぜ合わせた三升漬を瓶に移す頃、火傷のような熱を感じはじめ、冷凍庫から出した保冷剤を握りしめた。ここでも私はわかっていなかった。保冷剤を手放した後、血流が促されて痛みが増幅することを。

それからというものの、私の左手はあらゆる物の世話になった。

保冷剤(大)が4つ、米油、食器用洗剤、歯磨き粉、ハンドクリーム、火傷用クリーム、重曹、ハイター(!)、オリーブオイル、45度のお湯(血流が促されて痛みが増した)、酢、牛乳。

唐辛子の量があまりにも多かったのか、襲撃に気づくのが遅れたのか、効果はなく、私の左手はただふやけていくのみであった。結局、9時間も痛みと戦い、藁にもすがる思いでコンビニに氷を買いに行くという始末。今宵、氷を握りしめて眠りにつく。明日になれば、また大匙いっぱいの三升漬なんかをご飯かなんかにかけて、口から火を吹くのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?