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ソリューション・ジャーナリズムを試みる ―震災と原発事故の伝え方― scene40

 いわき市の裏マップを制作するにあたり、どんな場所を取り上げたいと思っているのか?愛川さんと意見を交わした。訪ねるべき場所として意見が一致したのは3ヶ所。まずは、萩シェフや農家の白石さんをはじめとする料理人と生産者グループの活動。今回の番組の取材がはじまる時には、萩シェフや白石さんだけに止まらず、中華料理やイタリアンのシェフ、畜産農家なども加わり、それぞれの店で地元の食材を使った料理が食べられるようになっていた。もちろん、ただ食材が使われているだけではなく、萩シェフと同じようにその食材を主役にしたオリジナルの料理。萩シェフのお店は要予約で1日1組のみのため、いわきを訪れた人がふらっと行くことはできないが、同じ理念を持つほかの店ならばより多くの人に楽しんでもらえる(萩シェフのお店も今は1日1組ではなく、10人程度までのお客を受け入れている)。また、どちらも紹介することでいわきの食の幅広さを伝えることができる。2つ目は、いわき万本桜プロジェクト。これは、震災後に市民グループが全国に誇れる場所をいわきに作ろうと、市内の小高い丘を切り開き、9万9千本の桜を植えようというプロジェクトだ。敷地内には回廊美術館と呼ばれるスペースがあって国際的なアーティストで、いわきにも縁が深い蔡国強さんの作品が設置されたり、崖の際に生えている木の枝に手作りのブランコが吊るしてあったり、市民の手で自由に作るからこそにじみ出る独特の魅力に溢れた空間になっていた。そして3つ目が「うみラボ」というプロジェクト。これも市民が自発的に始めた活動で、事故を起こした福島第一原発の沖合まで船で行き、そこで釣りをするというもの。釣った魚は食べるのではなく、後日改めて放射線量を測定する「調べラボ」に使用される。事故を起こした原発をこの目で見るという貴重な体験ができつつ、魚を釣るという震災前にあった日常の楽しみも感じさせてくれる稀有な活動だった。

 この3つの全てに共通していることがある。それは、震災後に生まれたものということ。これこそが今回の番組のねらいだった。震災に加えて原発事故が起きた福島では、大小さまざまなメディアがその傷ばかりを報じていた。しかし時間が経つにつれて、徐々に日常を取り戻し始めていたし、この苦境をどうにか乗り越えようと動き出している人たちも少なくなかった。しかし、そういう人たちが取材を受けることは県内のメディアを除いてほとんどなかった。なぜか?一概に言い切ることはできないが、そういった人たちからは『聞き出すことができない言葉』があるからではないかと思っている。その言葉とは、放射能に対する不安。地元をよりよくするために活動を始めていた人たちは、その活動が問題ないか検査や調査を行なっている。その中で、この値なら大丈夫だと思えるようになっていた。そのため「放射能に対する不安はありませんか?」と尋ねられても、深刻な表情で「やっぱり不安ですね」といった言葉が返ってくることはない。原発事故の取材をしようという人(特に県外から、そして初めて福島で取材する人ほど)が興味を抱くのは未曾有の事態であることを端的に示す放射能に関することが多いため、想定したような言葉を聞き出すことができない。また、県内でも当然まだ不安を抱いている人たちはいるわけで、不安を乗り越えた人たちを放送することで偏った声だとクレームが寄せられるのではないかという不安もあったと思う。だが、震災から4年が過ぎ、被災地には新たな魅力が生まれはじめている。私自身、萩さんの料理を知り、その思いを強くしていた。そして、福島県に暮らす一人の住民として、苦しみだけではない福島の魅力を知ってもらいたいと願っていた。福島の光と影の両方を描こうと「あさイチ」に挑んだが、両方を感じてもらうことの難しさを知った私は「放っておいても福島の影は誰かが描く。であれば、自分ぐらいは振り切って福島の光を描こう、福島の観光を支える番組なのだから、光を観る番組にしよう」と決めた。

 いわき市の協力を得て、愛川さんをはじめとする4人の女性が仕事としてマップ作りに参加してくれることになった。さらに、「うみラボ」の主宰者の1人・小松理虔さん(実はこの企画の1年以上前にあることがきっかけで知り合っていた)に紹介してもらった福島県出身のデザイナーを加えた5人で裏マップの制作がはじまった。まずはデザイナーとの打ち合わせで、マップのサイズや形などの方向性が見え、合計14ケ所のスポットを掲載することが決まった。萩シェフや農家の白石さん、万本桜プロジェクト、うみラボだけでは3つ、ないしは4つ。まだまだ紹介する枠は残っている。掲載したいというスポットを10か所近く探さなければならなかった。そのための打合せでは、4人の女性だけではなく、私をはじめとする3人のディレクターも加わって、あんなところはどうか?こんなところはどうか?色々な場所が候補に上がり、話し合いが続けられた。しかし、どうもしっくりこない。その原因は、彼女たちが魅力的な場所として紹介するために使う「オシャレ」という言葉にあった。

 今回制作しようとしているマップは、通常の観光マップと併用して楽しむためのもの。それはつまり東京をはじめとする県外からのお客さんを想定している。特にいわき市は福島県の沿岸部の最南端で、いわき市としても東京から特急で2時間半で遊びにくることできる場所として紹介していることが多い。しかし、東京から2時間半かければ、箱根や熱海、富士山や軽井沢など、いわきよりも知名度が高い観光地に行くことができる。それらの観光地にはおしゃれなカフェやショップ、ホテルが数多くあり、オシャレを売りにするのであればそこと勝負をしなければならないということだった。どうせマップを作るのであれば、有名観光地では楽しめないものを考えなければいけないのではないか。とはいえ、有名観光地にはないものなら何でも良いというわけでもない。その上で魅力的でないとマップに掲載する意味がない。最初に決まった3つはまさにそういう場所だったが、そんな都合のいい場所はそうそうあるわけではない。だが、まだ見落としていることがあるのではないか。候補地をあれこれ出し合ったところで、個人個人でさらに調べてみようということになった。「東京とも違う。有名観光地とも違う。いわきに行きたくなるスポットって何だろう」、そんな難題に向き合う日々がはじまった。

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