見出し画像

ソリューション・ジャーナリズムを試みる ―震災と原発事故の伝え方― scene43

 「被災地 極上旅」の目標が福島県に対するイメージを変えることであるならば、全国放送にしないといけない。企画が採択された段階から、いくつかの番組にアプローチしていた。その結果、「明日へ」という日曜の朝に放送している東日本大震災の現状を伝える番組で放送してもらえることが決まった。ただし、条件が1つ。番組をそのまま放送するのではなく、完成したマップをもとにタレントが旅をするという演出にしてほしいということだった。タレントが入ることで、県外の観光客目線を番組に取り込むことができ、また違ったかたちの番組にできるかもしれないと考え、承諾した。誰に旅してもらうか?福島県の今と、このマップに込められた思いを、素で感じてほしい。そういう素を感じさせてくれる人はいないだろうか。あれこれ調べていたときに、Facebookで「きょうの『ひるブラ』に出ていた秋元才加がすごい」と書き込んでいる先輩の投稿を目にした。妙に気になり、その番組を見てみると、確かにすごかった。佐賀県の干潟からの生中継で、秋元さんはその干潟の上に用意された土俵に上がって本気で相撲をとり、干潟に落ちて顔から足まで泥だらけになっていたのだ。ここまで思い切りよく応じてくれる人はなかなかいない。それは男性だろうが女性だろうが、役者であろうが芸人であろうが。そう思った。きっと秋元さんなら「被災地 極上旅」を素のままに楽しみ、語ってくれるに違いない。プロデューサーに確認をとった後、すぐに出演を依頼。秋元さんの事務所からもOKをもらうことができた。

 全国放送版に出演して下さったのは、秋元才加さん、マップを制作した愛川さんと根本さん、その3人に加えて、プロの視点からこのマップの特長を語ってもらおうと雑誌「OZmagazine」の副編集長・中尾友子さんにも参加してもらった。ロケ当日、秋元さんは東京からいわきにやってきた。事前の打ち合わせはほとんどなし。さっそく撮影に臨んでもらった秋元さんは、インタビューでまずこう語ってくれた。「観光地よりも被災地のイメージのほうがちょっと大きくなっている。足を運びにくくなっているのかな」と。足を運びにくくなっている、おそらくそういうイメージがあるのだろうと今回の番組を企画したわけで、ねらい通り。足を運びにくくなっている理由は、多くの人が亡くなった地域を楽しんでいいのだろうかというためらいや、放射能への不安だろう。この旅をへて、その思いはどう変化するだろうか。この部分を掘ることができれば、番組としておもしろいものになるだろう。

 この撮影で訪ねることにした場所は4か所。農家の白石さんの畑、フランス料理店HAGI、いわき回廊美術館、そしてさんけい魚店。まずは白石さんの畑でとれたての里芋を食べ、フランス料理店HAGIで白石さんの里芋を使ったスペシャリテを食べてもらった。風評被害に悩まされる福島県の食材。つまりそれは放射能に直結している問題だ。料理を食べて「おいしい」と語る秋元さんに対して、私は福島県の食材を使った料理を食べることについてどう思ったか、ストレートに尋ねた。その問いを受けた秋元さんは、しばし沈黙。どう答えればいいのか、言葉を探していることはその表情からうかがえた。萩シェフのおいしい料理が作り出した穏やかな空気が急に張り詰めるなか、秋元さんは口を開いた。
「風評被害とか原発の問題とかはいろいろとあると思うんですけど、テレビだけ、ニュースだけだと見えにくい部分がたくさんあって、際だったワードだけが耳や頭に刷り込まれて、イメージがどんどん大きくなっていくんですけど、こうしてきちんと目を見て対面しながらいわきの方とお話をすると気持ちをスッと受け止められる。皆さんがしっかりまっすぐ前を向いて私たちはこういう気持ちで作っていますというのがすごく見えました」
撮影が終わった直後、「いじわるな質問してすみません」と言いながら、私はこのやりとりについてどう思ったか聞いてみた。すると、秋元さんは少しだけ考えた後にこちらの目をまっすぐ見て言った。「どう答えたらいいだろうって悩みました。でも、逃げちゃいけないなって思いましたし、何よりもおいしかったです!」。

 秋元さんの言葉は素直な気持ちが聞けたと思う一方で、難しさも痛感させられる言葉でもあった。「きちんと目を見て対面しながら話をするとスッと受け止められる」というのは、実際に足を運んでもらわないとできない。秋元さんは撮影があったから足を運んでくれたが(この仕事を受けるときに知りたいという気持ちもあったのだろうと思う)、そもそも不安があればわざわざ足を運ばない。わかってほしいから福島県に来てほしい、でもそもそも行きたくないと拒否されたり、行ってもいいのかなと躊躇われたりしている。結局のところ行き着く先は決まって同じジレンマだった。ただ、その答えの糸口となる声を放送後に知ることができた。11月、全国版の「被災地 極上旅」が放送された後、「あさイチ」時代の先輩が感想をくれた。その先輩は神奈川県在住で妻と2人の子どもと暮らしている。この番組を見て「行ってみたい」と思ったその瞬間「家族はどう思うかな?」と躊躇してしまったという。それはつまり、福島県についてどう思っているのか、家族で話すことなどなかったということで、番組を見て、自分の胸の内に福島県は忌避されている場所として見ていることに気づかされたということになる。これこそが、悩んでいたジレンマの答えなのかもしれない。実際に足を運んでもらうその前に、「行きたい」という気持ちを持ってもらうこと。番組を見て「行きたい」と思って実際に来てくれる人がいれば、ねらいが成功したことになる。でも、先輩が思ったように「行きたい」と思っても「でも・・・」となって、自分の心のなかにある「福島県への忌避」を自覚してもらうこともまた大事なことだ(当然「福島県なんか危険で行けない」と思っている人もいるだろう)。それはつまり「行きたい」と「避けたい」という福島に対する相反する気持ちが存在するということで、もう一度福島のことを考えてもらうきっかけになるかもしれない。もし、これが「あなたは福島県を避けていませんか?」と正面切って言われるような番組であったなら、あまりいい気がしないのではないだろうか。そして、福島を避けることをやめるきっかけにもならないだろう。避けていることに自分で「気づく」から考えるきっかけになる。重要なのは「気づかされる」ことで、誰かに「言われる」ことではない。これは何も原発事故に限ったことではない。ジャーナルな問題をマスメディアが取り上げるとき、ついつい「こうあるべきだ」と主張しがちだ。しかし、やるべきことは主張ではなく、気づかせるための仕掛けをどう作るのか。それがこれから求められるソリューション・ジャーナリズムの1つのかたちなのではないだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?