事故紹介
2013年10月13日深夜0時。店長資格をとったばかりのミニストップを退職し日本一周の旅に出た。赤白のホンダCB1300、通称「ビッグワン」。
アルバイトで貯めた旅費の50万円に旅日記のポケットノート、寝袋と着替えだけをナイキのリュックに詰め、奈良を飛び出した。
2004年公開の『モーターサイクル・ダイアリーズ』に人生を奪われた心がようやく点灯。
しかしスタートから秋風が全身を打ち、1時間で心が折れそうになる。
2時間近く走ると、東名阪道路の鈴鹿インターチェンジの電光掲示板に「明日、F1日本GP開催。渋滞注意」の文字が点滅した。
佐藤琢磨やシューマッハが雄叫びをあげた鈴鹿サーキットの爆音に日本GPのテーマ曲『TRUTH』。気づけば時速は200キロに達していた。
東名高速に入り、愛知県の岡崎の手前で白いワゴンRに追いつく。なかなか避けてくれず、強気に煽った瞬間、ブレーキランプが点灯し、車が目の前まで迫ってきた。
慌ててブレーキを握ったのが運の尽き。車体はバランスを崩しアスファルトの上をヘッドスライディングの態勢で肉体を削られながら滑る。
50メートル以上引きずられ、ようやく停止。なんとか起き上がり、後ろを振り返ると、まばゆい灯りが近づいてくる。
ヤバい!すぐにバイクを起こし、路肩に寄せて倒れ込む。同時にいくつもの光が猛スピードで横を通過していった。あと1分遅ければ…。
ライダージャケットとジーンズはズタズタに破れ、左肘と両ひざが鮮血で染まる。買ったばかりのiPhone5cでJAFに連絡。電話を切ったあと、仰向けに寝転び「クッソ―!」と何度も何度も虚空に八つ当たりした。
深夜3時、出発からわずか3時間で日本一周は夜空に散った。
救急車の赤いランプとけたたましいサイレンの音が近づく。救急隊員が4人、担架を持って駆け寄ってきた。
天を仰ぎ静かに目を閉じる。
「職業は?」と聞かれたら、こう答えてやろうと思った。「レーサーです」
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