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赤湯の夜

令和4年2月11日、前日から降り続いた雪は夜更けすぎに止み、翌朝は快晴に変わった。

不安な夜が明け、積雪も電車の遅延もなく、新宿から新幹線「やまびこ・つばさ127号」で山形の赤湯に向かう。『おくりびと』の舞台である酒田市出身の友人が「蔵王温泉は気持ちよくないから、天童か赤湯に泊まるのがいいですよ」と教えてくれた。

雪国に来ると自然に背筋が伸びるのはなぜだろう。憧れと畏敬がそうさせるのか、この厳しい環境で住む勇気はない分、生まれ育ったひとが羨ましい。

東北の母と呼んでいるアミさんが車で迎えに来てくれるまで待合室で待機。ちょうど北京五輪で平野歩夢が滑っていた。2回目の滑走が終わり、ドラマが生まれそうな予感。最後まで見たかったが、迎えが来たので合流。

アミさんは岩手の生まれで青森で仕事をしているが、駅の屋根に積雪があるのに驚いていた。しかもウサギの足跡がある。「東北」とひとくくりにしてしまいがちだが、風土の違いは豊かだ。東京を飛び出した甲斐があった。

辛味噌ラーメン発祥の龍上海は評判通りの大行列。東京にいると食べ飽きてラーメンに感動することは少ないが、この店は別格。

辛味噌を混ぜなくても出汁と麺だけで勝負できる。旨味の雪合戦、いや旨味のスノーモンスターとでも呼ぼうか。関東に支店があるらしいが、これは赤湯の雪に囲まれてこそ。

まだ旅館のチェックインまで時間があるので、アミさんの提案で熊野大社に向かう。明日、登る熊野岳の前の参拝にちょうどいい。雪の神社に来ることは滅多にないので、荘厳さに押される。神社が巫女装束を着るようなもの。

まだ時間が余るので、参道にあるカフェで休憩。旅行先で飲む珈琲は感慨深い。何よりも人工的な飲み物なので、人の温かさを感じられる。

一宿のお世話になる『大和屋』は赤湯で唯一、空いていた旅館。故郷と同じ名前でここに泊まりたかったので運がいい。

館内が美術館そのもので、ピカソの鳩やモネの睡蓮、シャガールの絵画が観光客を出迎える。

雪に閉ざされ娯楽もない中で、外出しなくてもいいようにと、ご主人の配慮だろう。

近所で米沢牛のコロッケと赤湯ワインを買ってチビチビやりながら夕御飯を待つ。

赤湯温泉はぬるかったが心地いい。女将さんによると昔は熱くて入れないほどだったが、年々温度が下がっているらしい。

最も驚いたのが夕げ。料理の腕もさることながら、器の彩りが味を引き立てる。「美味しい」は「美しい」と書くように、味と美は切り離せない。

どれも美味しすぎて、MVPを選べない。村社会である日本料理ここにあり。外国のようにコース料理ではなく、料理がひとつの世界で共存している。

アミさんの紹介で飲んだ十四代は一杯2,400円もするが、その値段に疑いなし。フルーティーさ、純粋度、包容力が他の日本酒とは違う。山形生まれだが、日本酒の富士山。"格"とはこのことを言うのだろう。

外の気温は氷点下。終わらせるのがもったいない夜は閑かにふけていった。

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