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山のあなた

「縁があれば行けるよ」

栗城史多さんがよく言っていた。

「山は不思議なもので、本人が行きたくても行けないときもあるし、血のにじむような努力をしても天候次第で山頂につけないことも沢山ある。山も人と同じく『ご縁』があるかどうかだよ」

世界一の雨男だった栗城さん。天候には嫌われ、登山家やアンチからは誹謗中傷の嵐。いつも見えない山を登っていたあなたが大好きでした。

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大学生の友人と初めて登山をしたのは去年の11月29日。秩父の破風山の頂でホットサンドを焼いた。

それから何度か一緒に山に行こうとしたが、天候や自分の足の捻挫などで延期。その間、彼女は就職が決まり、自分は体重が10kg増えた。

それでも飯能駅で再会したときは1年前から時が止まったような気がした。いい具合に時間が熟成されたようだ。

いつも笑顔の彼女はまぶしく、近くにいるだけで世界を浄化してくれ、心がフワフワ軽くなる。空気清浄機みたいなひと。16歳も年下なのに、不思議な母性を持っている。

多峯主山(とうのすやま)は飯能駅から歩いて登れる里山。地元の人に愛され、子どもからお年寄りまで遠足や散歩で山頂を目指す。人の足音と足跡が刻まれている山道の清々しさは雪山と違った畏敬がある。

「なぜ山に登るのか」はクライマーの永遠の呪いだが、「誰と登るのか」はクライマーにとっての祝福。彼女は紅葉を「かわいい」と表現し、大きな蜘蛛を「足が長くて羨ましい」と微笑む。自然も動物も人間も対等に見れる彼女の才能だ。

山頂では登山に付き合ってくれたお礼に、パスタのポヴェレッロを作った。彼女の「美味しい!」が登頂の瞬間。

珈琲を愛する彼女が淹れてくれた浅煎りの一杯は、やさしい酸味と芯の強い旨味。特別で贅沢、世界にひとつだけのコーヒー。

下山後は奥むさし旅館で産湯に浸かり(登山の温泉は自分を生まれ直す儀式)、入浴後に彼女がiPhoneで探してくれた蕎麦屋さんでガレット。

デジタルを活かし、アナログを愛す。10年、20年後はAIの時代と言われるが、そんなことはない。彼女たちの時代だ。世界は待っている。

仕事の悩みが多かろうと、彼女の未来は明るい。
眼前には見えない滑走路が用意されている。
ただ思いきり翼を広げればいい。

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