親魏倭王、本を語る その07
【ホームズもののパスティーシュについて】
アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズは、『ストランド・マガジン』への短編の連載を契機に人気を博し、ドイルの生前からパロディやパスティーシュが多く書かれた。ホームズもののパスティーシュを初めて書いたのはロバート・バーと言われているが、彼もミステリー作家で、『ヴァルモンの勝利』という短編集がある(うち、「健忘症連盟」が別題で江戸川乱歩の『世界短編傑作集』に収録されている)。
パスティーシュではジョン・ディクスン・カーがドイルの息子のエイドリアンと共作した『シャーロック・ホームズの功績』が有名だが、こうしたパスティーシュが多く書かれたのは、ドイルの作品(「聖典」と呼ばれる)内に言及だけされていて作品化されていない事件(語られざる事件)が多数あるためで、それがどういう事件だったのか全容を知りたいというファンの熱意がパスティーシュを生んだものと思われる。
【オーガスト・ダーレスの贋作ホームズ譚】
パロディとパスティーシュのどちらと捉えるかが難しいのだが、クトゥルー神話の発案者ラブクラフトと交流があったことでも知られるオーガスト・ダーレスは、シャーロック・ホームズの贋作シリーズ「ソーラー・ポンズ」を執筆している。 ダーレスは熱烈なホームズファンで、シリーズ全編を読破した後、ドイルに「続きを書く意思はあるか」という内容の手紙を送る。そして、「もう書くつもりはない」という返信を受け取ると、自分が続きを書こうと考え、このシリーズの執筆を始めたという。
氏名や住所はよく似た別のものに変えられているが、キャラクター設定などはドイルの原典に準拠しており、昔から非常に評価が高いシリーズである。 長編1篇と短編70篇あまりが執筆されているが、まとまった日本語訳は創元推理文庫の傑作集『ソーラー・ポンズの事件簿』だけではないかと思う。 海外ではアンソロジーへの収録も多い。
【エンジェル家の殺人】
推理小説の黄金時代と言われる1930年代を代表するミステリー作家にロジャー・スカーレットがいる。男性名だが女性らしい(二人で共作していたという)。ノートン・ケイン警部を主人公とするシリーズで知られるが、その著作で有名なのは『エンジェル家の殺人』一作のみ、しかも江戸川乱歩の翻案『三角館の恐怖』のほうがよく知られている。
この作品はとにかく動機が独創的で、通常とは全く異なる、逆さまの理由で殺人が行われた。ネタバレを避けるためこれ以上詳細は言えないが、機会があれば読んでみてほしい。 また、エレベーター内で起きる一種の密室殺人も読みどころのひとつである。このエレベーター内の殺人は『有栖川有栖の密室大図鑑』で紹介されていたので、ご存知の方も多いと思う。
本格ミステリー黄金時代を代表する作品のひとつだが、全体に登場人物のキャラクターが薄味で、ややインパクトに欠ける(特に探偵役)。