土中入定して生き続ける行者の話
井之口章次先生の『日本の葬式』という本に、次のような説話が引用されている。うろ覚えなので誤りがあるかもしれない。
ある時、地中から鉦の音がするので、掘り出してみると、それは入定した行者で、ひどくやせ衰えていたがまだ息があるので、引き上げて領主の屋敷へ連れて行った。数日すると蘇生したので、領主が見舞うと、行者は「私は空海上人の弟子でしたが、師に『お前には剣難の相がある。私にもどうすることもできないので、急ぎ入定して別の世界へ生まれ変われ』と命じられ、土中入定したのです」と語った。領主は、「あれからすでに何百年と経っている。別の世に生まれ変わったつもりでゆるりと過ごされよ」と返した。ところが、その夜に領主の屋敷へ強盗が入り、たまたま起きていた行者は、盗人に斬り殺されてしまった。
なんだかかなり気の毒な話だが、土中入定した行者が何十年、何百年を経てなお生きて鉦を叩き続けているという伝説がいくつかあり、これもその類話の一つである。
比較的有名と思われる話に、信濃の天龍海喜法印の話がある。曲亭馬琴の『兎園小説』に載っている話では、「文化十四年の秋の頃、突然欅の大木が倒れ、その下から石室(石櫃)があらわれた。その石室(石櫃)からは鈴鐸の音、読経の声が聞こえるというので大騒ぎになったが、村の古老が「むかし天龍海喜法印という山伏があり、所願によって生きながら土定したと伝え聞いており、その法印が今なお土中に死なずにいるのだろう」と話したという。そこで村人らが櫃の土を掻払ってみると、入定の歳月や名字が刻まれていた。感嘆した村人らは、まわりに注連縄を引きめぐらせ、その年の冬頃まで参詣する人が絶えなかったという。」となっている。
ちなみに、先に挙げた『日本の葬式』にも類話が一つ載っていたのだが、詳細は覚えていない。何分、学生時代に図書館で借りて読んだきりなのである。先の斬り殺された行者の話は、ストーリーがなかなか強烈だったので、よく覚えていたものらしい。
天龍海喜法印の話は、桜井純也先生の「土中入定遺跡と村おこし : 長野県辰野町天龍海喜法印遺跡をめぐって」という論文で取り上げられている。天龍海喜法印についてサクッと検索してみたが、桜井先生の論文と、それを元にしたらしいブログ記事が数本ヒットしただけである。
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