第53回: “コロナ益” としてのデジタル化 (Apr.2020)

 相変わらず、うまいなぁ、というのが率直な印象。21日間のLockdown最終日、Modi首相は朝10時からの演説で更に19日間の延長をさらっと告げた後、“これから1週間、より厳密に状況を判断して緩和措置を決める。詳細はまた明日!”と。明日からは自由の身か、との人々の淡い期待を軽くいなし、ほぼ倍の期間延長。1週間後の明るい兆しを示し、だからもう暫く、大人しくいい子にしてなさい、と。

 現にHot Spotも次々見つかり、今後の展望などまだ誰にも知る由がない中、引き続きLakshman Rekha (結界) を守ってSocial Distanceを取れ、AYUSH省 (Ayurveda, Yoga & Naturopathy, Unani, Siddha and Homoeopathyの頭文字をとった伝統医療省) の指示に従い自己免疫力を高めよ、高齢者は家の中に止めよ、自己診断を促し行動履歴・感染経路を辿れる専用アプリを導入せよ、と単純明快な行動規範を示しながら、従業員を思いやり雇用継続を、身近な貧困者に施しを、コロナ戦士への感謝を忘れずに、といった配慮と併せた7原則を示した。マスクは自家製で充分と述べた通り、会見は鼻と口を覆ったスカーフを下ろすシーンから始め、いち早い対応を世界が称賛しているとか、10万床・600病院・220ラボを確保済みとか、アピールの小技も効いている。

 人口・国土とも日本の約10倍、桁違いのインド社会は更にそれを累乗化した複雑性がある。見た目から明らかに異なる人種が入り混じり、味覚も食材も信じる神も祭も、祝日や曜日の意味すら異なる。言語は通じないのが当たり前、お互い英語でも会話が成立するとは限らない。“Yes, Yes!” とニコニコして首を横に振る相手に期待を寄せたところで、何かが起こることは稀だ。

 しかし、だからこそ、絶対に的を外さない対応が求められる。Lockdown宣言後、都市で職を失う労働者が一斉に故郷を目指して駅やバスターミナルに殺到した。返って全国への感染拡大が懸念される事態を招いたことに対して、首相は配慮が足りなかったと即座に謝罪。誤りを改めて不足を補い、次善策を試すのに躊躇いはない。文字を解しない者にすら、より確かな情報、マシなアイディアがスマホとSNSを通じて家族や友人から絶えず届く中、できない理由やくだらない茶々は黙殺される。老若男女貴賤貧富を問わず一人ひとりの意思・判断が何より尊ばれ、信条・宗教・家族観、食・習慣・環境等、譲れない価値観はいくら金を積んでも動かないが、“より豊かな社会の実現” は誰にとっても共通の大義。あらゆる情報を三面記事のゴシップとして愉しみの内に消費し、結果、現体制の延命にしか至らない社会とは対照的だ。

 生活の変化を強いられた結果、社会・個人の価値観・優先順位・判断基準が変化したのは明らかに “コロナ益” であろう。終わることのない改善が基調にあるインド、これまで理想に過ぎると思われた政策に現実感が湧いたのも紛れもないコロナ益だ。Delhiは青空が見え、北部では30年ぶりに200km先のヒマラヤ山系が臨め、未曽有の細菌に溢れるGangaも上流は飲用水準まで改善した。成長の傍ら慢性的に不足するエネルギーと輸入依存の資源、世界を先取りする環境目標と圧倒的に未熟な国内の技術力、単なる通信端末を超えて社会インフラ化した4G&スマホの活用実態、アイディアを瞬時にサービス化するスタートアップ文化と世界レベルの優秀な人材、完璧さよりも一層の便利さを期待する社会要請、将来を担う若年人口の豊富さと未充足ニーズに溢れる広い国土、ざっと想いを巡らすだけでも日本が “イノベーション” を志向する上で、これほど条件の揃った場所はなかろう。

 世界で最もダイナミックな都市と言われて久しい当地Bengaluruはポスコロ (Post-Corona) 時代、“使えるデジタル” の震源地になる。最先端の技術性能や高精度の操作性では見劣りするかもしれないが、“誰もが使える手軽で必要十分なデジタル技術” は、当地のような環境での実証実験からしか生まれない。デジタル力をものづくりに加えてグローバル競争力を高めるべき日本企業、今こそ “インドでイノベーション!” に挑戦する時だ。

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