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「張り込みにはパンと牛乳をSecond⑦」

〜前回までのあらすじ〜

ベテラン刑事の「和さん」こと「木下和宏」は若手刑事の「丸山聖也」とコンビを組み、日夜、張り込み現場で事件の容疑者となる人物を見張っていた。そこに差し入れを持って度々現れる過保護な聖也の母「丸山玲子」。玲子は和宏、そして現在は銀座のクラブでママを務める「さつき」と大学時代に苦楽を共にした中であり、また、聖也の父「ディーン・マッケイ」、和宏の前妻「高山つかさ」も同じような関係性であった。

普段は、張り込み現場特有の生温かい空気感を出して、実力を隠していた和宏であったが、今回は有楽町駅で起きた爆破事件に巻き込まれ、その真の実力を発揮することになるのだが…

ディーンとカルロスのロンドン警視庁コンビが、訪れた秋葉原で見かけた男は事件にどんな進展をもたらすのか?

霞ヶ関の警視庁の会議室には和宏、聖也、ディーン、カルロスが集まっていた。





午後10時・霞ヶ関の警視庁。


「和さん、捜査を進めていく中である男の名前が浮上してきました。国際指名手配もされているその男の名は『グラント・カーチス』。ヨーロッパで今ちょっとしたブームになっている思想家で、若い世代、特にイギリスを中心に話題になっています。国際指名手配されるキッカケとなったのは、この演説がきっかけでもあります」



「ここにお集まりいただいた皆さんにお伝えしたいのは、人類がこれまで犯してきた非道と、それを正す精神がありながら、争いが一向になくならないという悲しい現実についてです。

もちろん、平和を望み、自然を愛し、生きるもの全てに愛情を注ぐことをしてきた人たちはこれまでもたくさんいます。生涯を平和のために尽くした人間も数多くいます。

ただ、その一方で、争いや犯罪はなくならず、新たなテクノロジーが生まれてもそのテクノロジーを利用した犯罪がすぐに生まれてしまいます。私たちは想定外の犯罪が起きたとき、一時的な衝撃は受けるものの、2度3度繰り返されるうちに、その衝撃を自然と受け入れるようになっていきます。
それは、我々自身が持っている罪を犯すような悪質な側面と、それを正す理性が保ってきた均衡が崩れ始め、これまでひた隠しにしてきた、人類の悪質な側面が大きく表舞台に現れてきているからだと私は考えます。

私たちは悪というのはこういうものなのだ、悪人とはこういう人間なのだという認識を植え付けられてきました。これまでの悪人の姿や犯罪を通して、また、身をもって経験した痛みや恐怖を通して悪を認識しています。私たち1人1人の中にも、潜在的に悪というのは存在しているのです」



「和さん、ここまでを聞くと、言っていることは分かるんですが、ここからが問題なんです」



「今の世の中はインターネットの普及により、離れていても情報の交流が以前よりもできるようになりました。隣の国の学校や会社、家庭の事情から人間関係までSNSを使えば知ることができます。
見知らぬ世界の誰かが自分と共通点を持っていたり、知識や情報を交換したり、時には一緒に感動を得るというのは素晴らしいことかもしれません。

ただ、それと同様に知りたくもない情報が流れて来るようなこともあります。見えていなかったものが、見えるようになってきた時代で、これまで本や教科書で正しいとして伝えられてきた行いや人物の存在以上に、ネットを通して知ることが可能になった悪人や犯罪の情報も世界中に溢れているのです。
あなた方はまだそれを認識していない。あなた方がまだその領域に踏み込んでいないのなら、それはかりそめの幸せや平和の中で生きているのかもしれません。私はそれがダメだとは言いません。なぜなら、実は私も平和な世界の中で生きていたいと願うからです。

そして、何も知らずに自分の人生の平和や幸福の中で生きている平和ボケしている人たちに、あなたが知らないだけで世界はもっと混沌に満ちていて、不幸を背負って生きている人たちがいることを教えてあげたい。人類が等しく悪と正義を認識し、幸福と不幸を誰もが認識し、平和な世の中を築いていきたいと思うのです。

私は自分の胸の内にあるものを開示・オープンにしました。自己開示することで、これまで感じていた苦しみや悲しみ、疑問から解放され自由になれてきました。

私と同じように自己開示していく過程で、自分の欲求に気づいた方も多くいると思います。その欲求が社会では認められず、日陰の中でしか得られなかったものもあるかと思います。

そう言った自分の欲求を刺激するだけで、蓋をさせられるような社会なら、壊してしまった方が良くないでしょうか?一から作り直した方が良いと思いませんか?私は単純に、人に植え付けられた『これが正しい・こうあるべき・こうすべき』を壊したいだけなのです。あなた方の欲求を叶えるべく、私は立ち上がります。今すぐにとは言いませんが、その欲求を満たせるような社会を作るために、これから私にあなた方の欲求を見せてください。」






「和さん、どうでしたか?」


「聖也、そうだな、人の隠れた欲求を出すことで、陰で満ちている悪意や犯罪を表面化したり、世の中の人間に遠く離れた国で起きている悲惨な現実を認識させよう、その上で世界を平等に作り直そうという考えなのは分かった。ただ、欲の炙り出しを行ったとして、この男の実践する方法がこの演説では分からないが…」


「そうなんです、この時はまだ直接犯罪を行うでも、促すでもなかったのですが、徐々にSNSでこの演説が拡散され、グラント・カーチスを支持するという人たちが、SNS上に溢れました。
最初は皆それぞれの胸の内を吐露するような映像で、共感や励ましの声が上がっていたのですが、次第に矛先が裕福な暮らしをしている資産家や貴族、企業の役員、政治家に向けられていきました。そして、その2日後、世界各地で暴動が起き、金品を奪ったり建物に火を放つ事件が起きたんです。」


「そうか」


「はい、そして事態を難しくしているのが、暴動事件の増加とともに、企業役員や政治家の汚職、性犯罪、不正取引など、これまで明るみに出てこない隠蔽されてきた事件の告発も増えたのです。カーチス自身、人の欲求を煽っただけなので、それを見た人たちの受け取り方や環境次第によって、犯罪を行うか、不正や犯罪を告発するか、明るみにさせるかが違います。一つの思想・キッカケにより、方法こそ違いますが平和を築こうと実践する人が増えたというのが今のところで、カーチス自身が直接犯罪組織に属したり加担しているかは不明です。
ただ、この演説を行う際に、数国のメディアをジャックして配信した疑いで指名手配されていて、それくらいしか今は拘束する理由がありません」



「なるほど、人間の弱さと正しく生きようとする本質を利用した一種の洗脳のようなものだな。言っていることを冷静に理性で判断できず、苦しみや怒りの感情が燃えている人間には都合の良い火種になるだろう。
それで、この男が日本の秋葉原にいたとカルロスは言うんだな?」



「そうです。イマシタ。間違いありません」


「ディーンは今回の有楽町駅の爆破とカーチスは関連があると思っているのか?」


「和宏、今のところ、有楽町駅爆破とカーチスを結びつける明確な根拠はアリマセン。カーチスの支持者が勝手にテロを行った可能性もありますし、そうじゃないかもしれません。ただし、並行して事件とカーチスを追っていれば、いつか交わる可能性もありますので、そのタイミングでの判断と行動は迅速な方が良いと思います」


「なるほど、カーチスについては足取りも情報もほとんどないが、国際指名手配の人間が日本にいることを周知して、テロ事件の捜査を進める。聖也、カーチスの情報を集めておいてくれ」


「和さん、分かりました」



ディーンとカルロスの前に現れた「グラント・カーチス」と言う男性が、有楽町駅の爆破にどのように関わっているかは、まだ分からないけれど、ただ、和さんと聖ちゃんをはじめ、霞ヶ関の警視庁に更なる緊張が走ったことには間違いがないようで、次の日も東京の空に大きな闇が覆いかぶさったような息苦しさが広がっていました。その正午に新たな事件が発生してしまいました。



「ここで速報です。東京都新宿区都庁で立て籠り事件が発生しました。人質となっているのは、都知事と都議会議員数名、都知事と都議会議員数名です。新宿区都庁で立て籠り事件が発生しました」







つづく

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