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大正一二年の魔法少女『忍術漫遊 戸澤雪姫』解説

「忍術漫遊 戸澤雪姫」をノートに掲載していくにあたって、概要と解説を書いておきます。全20章あり8月中に完結する予定です。

忍術漫遊 戸澤雪姫とはなにか

『忍術漫遊 戸沢雪姫』は、大正12(1923)年に春江堂より千代田文庫として出版された。作者は不詳、少女向けに書かれた痛快娯楽作品である。今でいうと、漫画やラノベのような作品だ。

ラノベと講談速記本については過去に解説したことがあるので、興味のある方はどうぞ。

戸澤雪姫は、猿飛佐助の師匠「戸沢白雲斎」の孫にあたる人物、父親は宮本武蔵や塚原卜伝に天狗昇飛切の術を教えた戸沢山城守、忍術界の超絶エリートであると同時に、摂州花隈五万石のお姫様である。

雪姫様は子供の頃から力が強く、すでに六歳の頃には二人や三人の男が襲い掛かってきたとしても、まず負けることがない程の実力を持っていた。そんな雪姫は、なぜか武芸が大好きで仕方がない。天下一の勇婦になるため、武芸を習いたくてたまらないのだが、なんといっても五万石のお姫様だ。父親がどうしても武芸を教えてくれない。

乳母のお道に相談をすると、意外なことに彼女は柔術の達人であった。早速、乳母とともに柔術の修業を開始、武芸のセンス抜群の雪姫様は、あっという間にお道と互角の腕前になる。

柔術の達人となった雪姫は、お道とともに町で暴れ廻り、毎日遊び暮している。この荒々しい行為に流石の戸澤山城守も、普通の娘として育てることを諦めてしまい、雪姫の兄で忍術の達人虎若丸と二人掛りで武芸一八搬と忍術を教えることとなる。忍術と武芸十八搬の達人となった雪姫は、諸国を漫遊し世直しをする……というのが物語の大筋である。

魔法少女としての『戸澤雪姫』

戸澤雪姫は、下記の様な特徴を持っている。

- 播州(ばんしゅう)花隈(はなくま)の城主、戸澤山城守の息女である
- 雪姫に柔術を教えた乳母のお道が常に一緒にいる
- 忍術を覚えた雪姫は城から飛び出し諸国漫遊をする
- 身分と能力は、基本的に秘密にしている
- 変身はしないが変装はする
- 諸国を漫遊しながら世直しをしている
- 忍術を使うためのアイテムはないが九字を切る

お城から私たちの街へとやってきたお姫様が、不思議な力で様々な事件を解決していく……という物語だ。ちなみに魔法使いサリーのストーリーは、次のようなものだ。

お転婆でいたずら好きな魔法使いの女の子・サリーが、ある日人間の世界に遊びにやって来ました。アドバルーンにひかれてデパートにやって来たサリーは、同じ年頃の女の子、すみれちゃんとよし子ちゃんを見つけ、友達になりたいと思います。二人と親友になれたサリーはすっかり人間の世界を気に入って、弟分のカブと二人で人間のふりをして、この町で暮らしていくことに決めたのです。 そして、人間界の生活を通して魔法よりも大切なもの知っていくのです。
http://www.toei-anim.co.jp/lineup/tv/sally/

魔法の国のお姫さまが人間の世界にやってきて、正体がバレないように暮らしていく……これは魔法少女もののひとつのパターンだろう。『魔法少女サリー』は変装こそしていないが、正体を知られてしまっては人間界にいることが出来ないという設定がある。それにまつわるさまざまなトラブルは、物語を面白くする重要な要素だ。

雪姫は人間ではあるものの、庶民からすれば五万石のお姫様というのは異世界の住人だろう。雪姫が使う忍術はというと、ほとんど魔法と変りない。長崎において阿蘭陀の魔法使いと出会いたいと雪姫は語っていて、これも忍術で魔法を叩きのめすのが目的だ。そんな雪姫が、正体を隠し日本中を漫遊する……このように見ると、戸沢雪姫も魔法使いサリーも、その設定はほとんど同じだ。

なお雪姫の年齢は作中で変化している。最終的には恐らく19歳くらいになっているため、現在の感覚だと少女とは言えないかもしれない。ただし雪姫は、6歳の時点で成人男性くらいならば、ボコボコにできる腕力を持っている。そのまま活躍してしまえば、怪力少女として活躍できたことであろう。

人は殺さず優しいという一貫した雪姫のキャラ設定や、乳母お道というマスコットキャラクターもお供にしていることなども、魔法少女として注目すべき点である。

実は一貫したキャラ設定というのは、普遍的なものではない。日本であれば明治30年代に産まれたものだ。当然ながら今のレベルに到達するまでには、多くの試行錯誤があった。雪姫の場合はお姫様モードと庶民モードで変化するものの、基本的に口調が統一されており、講談速記本としてはなかなか洗練されている。

マスコットキャラのお道はというと、ゲームと称して男の頭部を殴り付け気絶させるような人物で、あまりかわいらしさはない。ただし、こういった場面がギャグとして消費されていたというのはなかなか面白く、現代の水準とほぼ変らない位置に到達している。

もっとも戸澤雪姫が魔法少女の元祖だなんてことを、主張するつもりは毛頭ない。かぐや姫も魔法少女の要素は持っているし、八犬伝の伏姫も魔法少女に見えないこともない。説話に登場する怪力の少女たちも一種の魔法の少女だろう。児雷也に登場する綱手も、まあ魔法少女の一種である。しかし彼女たちが登場する物語を、少女たちが楽しむことはできない。一方で『忍術漫遊 戸澤雪姫』は、少女を楽しませるために書かれている。少女のために創作された魔法少女としては、最初期の作品だと考えもいいだろう。

雪姫が属しているジャンル

戸澤雪姫は基本的には講談速記本というジャンルに属している。この辺りはメチャ複雑で、短く解説するのは難しい。というわけで異常なまでに単純化して解説をしていく。詳しく知りたい人は、そのうち出るであろう私の本を買ってください。

明治の20年あたりに、講談速記本が登場する。講談速記本とはなにかと解説し始めると、これまた長くなるため省略するが、当時としては最高に面白い物語のジャンルであった。それと同じ時期に、最初期の娯楽小説や犯罪実録も登場する。

これら三種のプラットフォームは、シェアを奪い合いあいながらも切磋琢磨し、やがては明治娯楽物語が確立する。多くの人々を楽しませた明治娯楽物語がさらに発展し、大正時代にまともな大衆小説が発生する。

大正時代以降になると、明治娯楽物語は懐しの作品として生き残る一方で、現役バリバリの作品としても存在し続ける。明治の娯楽小説や講談速記本は、教育が行き届きより高度な作品を消費するようになった大人からすると、ゴミみたいなものであった。しかし子供には、丁度良い水準だという発見がなされる。というわけで、明治30年あたりの技術は終戦からしばらくは、子供向け作品のために再利用され続けた。戦略として粗雑すぎるため、ちょっと信じられないかもしれないが、私自身も未だに半信半疑である。それでも事実なんだから認めるより仕方ない。

『忍術漫遊戸沢雪姫 春江堂 春江編輯部編 大正一二(一九二三)年』も、大人向けの物語を子供向けのものに転用した作品群の一つである。春江堂の千代田文庫は当時流行していた立川文庫の類似本だ。もともと立川文庫は、明治に人気のあった大人向けの三巻組程度の長編講談速記本を、半分から3分の1程度に圧縮したものである。子供やあまり教育を受けられなかった青年たちにも人気があった。少年のために書かれた物語ではあったが、それを楽しむ少女たちも沢山いた。今でいうと少年漫画を楽しむ女の子のような存在だ。

ある時期までは真面目に作られていた立川文庫だったが、出版社が金を払わないため、創作者たちもヤケクソになる。知合いに強引に書かせてみたり、ふりがなを付けていた子供が言葉やらパターンを覚えてしまったため作品を作らせてみたりし始めて、品質がジャンジャン落ちていく。不思議なのは品質が落ちまくっても面白さはあるという点で、書いてる奴の体調やら気分によって出来の良いものが書き上っちゃうこともある。『忍術漫遊戸沢雪姫』も、たまたま良い出来に仕上がった作品だ。

『忍術漫遊戸沢雪姫』は立川文庫の類似作品としては、文体も内容もかなり新しい。少女向けに書かれているという着眼点も素晴しい。春江堂は当時としては新興の出版社で、映画のノベライズや西洋風の推理小説を出していた。それらの作品を書いていた作者が片手間に講談速記本風の作品を書いたため、この様な出来栄えになったのかもしれないが、わりと適当な推測なのであんまり信用しないでほしい。ただ立川文庫関連の書籍としては、かなり文体や内容が新しいということは事実である。

雪姫異本

『忍術漫遊戸沢雪姫 千代田文庫 春江堂 春江編輯部編 大正一二(一九二三)年』の他に、『忍術戸沢雪姫 千代田文庫 キング出版社 無刊記』の存在が確認できている。続編としては『戸澤雪姫忍術漫遊 むらた文庫 松栄館編集部 昭和七(一九三二)年 1932』がある。

春江堂は東京、松栄館、キング出版は大阪の出版社だ。通常、子供向け講談速記本は大阪で生産されることが多かったが、先にも書いたようにその品質はそれほど高くはない。『戸澤雪姫忍術漫遊』は、主人公が女性になっただけで、他作品と比べて目新しさはない。雪姫が男装をするのも、台詞が男言葉でも不自然ではないからで、要するに書くのが楽だからである。表紙にお姫様いたら女児が間違って買うだろ程度の感覚で作られている。いい加減すぎだが、立川文庫の類書はその程度の労力で書かれていたものなのだから仕方ない。

キング出版版の雪姫は、表紙と挿絵が異ることと、奥付がなく乱丁であること以外は春江堂のものと同じ、恐らく版権を購入して販売されたのだろう。驚くべき点はこの書籍が、昭和20年代に書かれていることである。値段に関しても、春江堂、松栄館の雪姫の値段は10-20銭、キング出版は50円、戦争を挟んでいるため当然といえば当然だが、かなりの差がある。どちらにしろ物語の寿命としては、20年以上もあったということになり、それなりに優れた物語だったとしても良いだろう。

ちなみに各作品とも表紙と扉絵は内容とあんまり関係ない。描いてる奴が面倒で中身を読んでないのだと思われる。

雪姫の評価

『忍術漫遊戸沢雪姫』の、作品としての価値についても書いておくことにする。

『忍術漫遊戸沢雪姫』は少女が悪人を薙ぎ倒していく物語である。大正時代の物語としては、少しだけ珍しく感じられるかもしれないが、実はそうでもない。

明治の真ん中あたり、光明小説、家庭小説というのが流行した。物語の中で、基本的には女性が酷い目に合う。問題を解決する方法も忍従やら宗教心、あとは女大学的な価値観によるものが多い。このジャンルはそれなりに流行し、後の少女小説へとつながっていく。家庭小説はわりあいに有名なため、昔の日本の物語での女性観として例示されることが多い。そんなわけで昔に書かれた女性が悪人を殴り付けるような物語が、少し珍しいものに感じてしまうという仕組みが形成されている。

ただそれは感じられるだけで、明治35年あたりから女性が男をボッコボッコにする物語は多く書かれている。いくつか理由はあるのだが、大きなものとしては『女性の地位が向上したこと』『女性であっても腕力に勝る男に勝利する方法が確立されたこと』を挙げることが出来る。そんなわけで名家のお嬢様は恋する男のため毒を使って暴れまわり、義侠心に溢れた芸者は悪人共に啖呵を切って追い返す。武芸を極めた女海賊は、西郷隆盛を護衛し、不思議な剣術を使う少女剣士が悪侍を返り討ちにする……そんな物語が明治時代にはすでに書かれていた。

大正時代に書かれた『忍術漫遊戸沢雪姫』は、女性が活躍する物語としては、特に新しくも珍しくもない。『忍術漫遊戸沢雪姫』を評価できる点というのは、『立川文庫の類書としては優れていること』『当時としてはキャラ設定がしっかりしていること』くらいである。それじゃ読む価値なんかないのかというのは早計で、こんな本でも読む意味はそれなりにある。

許容量を増やすということ

現在は娯楽に溢れており、大正時代とは比べものにならないくらい品質も上っている。そんな時代にあって『忍術漫遊 戸沢雪姫』を読む意味があるのだろうか? こういったものを読みまくってる私自身も、3万くらい払ってゲーム買ったほうが面白いよな……なんてことをたまには思う。

それでも多少ながらも雪姫のような作品を読むメリットはあって、それは許容量が増えるということである。

『忍術戸沢雪姫』では、当て字が当然のように使用され、用語の統一はあまりされていない。そして誤りも多い。さらに実話という体で書かれているが、歴史的な事実からすると変な部分も多く、もちろん雪姫なんていう人物は、歴史上には存在していない。現在の感覚だとかなり微妙な作品で、そんないい加減さは我慢ならないって人もいるだろう。

しかし当時は、こんなものだった。そしてそんな作品が、多くの少年少女を喜ばせていた。こういうものが存在していて、それが現代の魔法少女の原型のように見えてしまうという絶対の事実の前では、自分の好みなんてものは小さなものだと思うことが人によっては出来るだろう。

こうした妙なものを認めることで得られるのは、そのまま見るという技術である。物語に限らず古い創作物を鑑賞していると、どうしても解釈できないことがある。なぜ後半に異常なまでに作品が荒れてしまっているのか、十分な技術力があったのにどうして晩年の作品の品質が低いのか、挿絵を描くのにどうして本文を読まないのかなど、意味が分からないことがある。

そんな時には、対象物をそのまま見てみようではないか。金がもらえなかったからだとか、作者が調子コキすぎてたとか、面倒だからとか、腹が立ってたからといった単純な理由を発見することができる。昔も普通に人が生きていたんだと感じ取れ、なんともいえない良い気分になれるだろう。

最後にもうひとつ、雪姫を読むと、この作品は瑣末で価値がないものだという、一般的な評価を無視する勇気を持てるかもしれない。『忍術漫遊戸沢雪姫』は、基本的には重要な資料ではない。文化的な価値も皆無だとされている。しかし読めば分かることも多く、他分野の研究に対しても示唆することがないわけでもない。それらはつまらなくて価値なんてない作品を、読む勇気があるからこそ理解できることである……なんてことを強引に書いてみたものの、結局のところこんなものを読んだところで暇潰しくらいにしかならない。それで十分じゃないかと、私なんかは思うわけである。

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山下泰平

私について https://ichibeikatura.github.io/watashi/

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