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21世紀のシフォン

50数年前ローマクラブのアウレリオ・ペッチェイは、人口が指数関数的に増えるのに対して資源や食糧生産は算術的にしか増えないため、一人当たりのGDPは減少に転じざるを得ず、地球経済は近い将来破綻するかもしれないと考えました。
1972年のローマクラブのレポート『成長の限界』はその翌年起きた石油ショックを予言する書となり、21世紀人類社会のプラネタリー・バウンダリーからの逸脱をも予言していました。
『成長の限界』が発刊される前年にパリ郊外で生まれたトマ・ピケティは、資産によって得られる富の方が、労働によって得られる富よりも速く蓄積されるため、資産家は労働者より裕福になりやすく、資産格差は必然的に拡大すると考えました。
ピケティが2013年に著した『Le Capital au XXIe siècle 21世紀の資本』は、英語に翻訳されるや否やAmazon.comの売上総合1位に輝くベストセラーとなり、2019年には映画化もされ、経済学書としては異例の反響を呼んでいます。
 
ピケティは産業革命以降200年間の経済データをかき集め、r=資本収益率 と g=経済成長率 とを比較して、r>g という法則を導き出しました。
資本主義の社会においては、資本収益率が5%前後を保っているのに対して、経済成長率(=所得増加率)は2%以下だということです。
その差約3%の収益が、毎年資産家たちに労働者より多く蓄積されていくため、「金持ちは金を持っているだけでますます金持ちになる」という現実が起こっているのだ、というのがピケティの結論です。
 
20世紀の中盤には中産階級の占める割合が増え、所得分布は平等化していっていました。
GNPの概念を生み出したサイモン・クズネッツは、その当時の平等化傾向から資本主義経済での自由競争は所得格差を縮めるのだと考え、第二次世界大戦後の経済学ではこのクズネッツ仮説が常識として認められていました。
ところが1980年代レーガノミクス・サッチャリズムの新自由主義以降、再び所得格差は広がり出し、その傾向は現在も継続・拡大しています。
『21世紀の資本』は、200年という長いスパンで見ると、やはり資本主義は格差を拡大するのだとして、20世紀経済学の常識を覆し、それが現代に生きる我々の実感を体現していたため、多くの人々から注目されベストセラーになったのです。
 
このまま所得や富の格差が拡大し続けていけば、21世紀の社会は19世紀貴族社会のように、所得のトップ1%や0.1%が世界の富を独占することになってしまう、とピケティは問題提起しています。
19世紀のヨーロッパでは、1%の貴族が国の富の65%を独占し、上位10%の階層が80%以上の富を所有していました。
20世紀には貴族階級は没落し、中産階級の占める割合が増えましたが、21世紀に入ると中産階級の二極化が目立ってきています。
現在のアメリカではトップ1%が所有する国富が35%に達し、上位10%の裕福層が70%以上の富を占めています。
この傾向が進めば、まさに19世紀貴族社会の再来です。
 
現代のアメリカ社会では、コーポレートガバナンスに基づいて、株主の利益を最大化させるためにトップマネージャーが働き、100億円以上もの年収を得て貴族階級の仲間入りをしています。
ストックオプションによって株価が上がれば経営者の報酬も跳ね上がるため、株価=資本を高めるインセンティブが、企業を動かしているのだと言えます。
そしてこの「経営者は株主の利益を図るためのエージェントである」というエージェンシー理論が、グローバル社会の企業のデファクトスタンダード化しつつあります。
米英企業のガバナンス構造をモデルとしたコーポレートガバナンス・コードが、2015年には日本でも施行されています。
 
日本は2021年、OECD加盟国中で一番の最貧国となりました。
等価可処分所得が中間値の半分未満の世帯員の割合である相対的貧困率が15.4%と、米国15.1%、韓国15.3%を上回ったのです。
かつて一億総中流と言われた日本の社会は、今や勝ち組と負け組に分かれ、資産を持たない負け組は資本の穴の中に捉えられてしまいます。
そしてもう一方の勝ち組も、ワークライフバランスや生活の満足度、幸福感などの面では、1970年代から現在まで長期低落傾向にあります。
年収別の幸福度を見ると、800万円までは一律に上がっていきますが、それ以上では横ばいで、3000万円以上で逆に下降しだし、年収1億円以上になると700-1000万円の人より幸福度が低くなっています。
 
ある程度以上の収入が確保できなければシフォンケーキの真ん中の穴に落ちてしまい、逆に収入が多すぎる人はシフォンの外側にはみ出して、人生という美味しいケーキを味わえなくなってしまうのです。
21世紀の人類がプラネタリー・バウンダリーのドーナツの上に乗り続けるのと同時に、わたしたち一人ひとりもふわふわのシフォンケーキの上に寝転びながら、幸せを味わえるようにしていきたいものだと思います。

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