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直観 マハーヴィーラとゴータマブッダ

ギリシャでピタゴラスやソクラテス、プラトンたちが活躍していたB.C.6〜4世紀頃のインドは、それまで絶対視されていたブラーフマナ(バラモン)の宗教的権威が揺らぎ、新興階級による新しい秩序や思想が模索されていた時代でした。
遁世者、遊行者、苦行者、行乞者、比丘、沙門などと呼ばれる、旧来の宗教的伝統に拘束されない自由思想家たちが現れ、北インドガンジス川流域で次々と勃興する十六大国を行脚しました。
ジャイナ教の始祖マハーヴィーラと仏教の始祖ゴータマブッダは、こうした社会背景の中で、ほぼ同時代に沙門sramanaとして出家し、修行を実践していました。

後にジャイナ教の創始者となるマハーヴィーラは、インド北部マガダ国のクシャトリヤ(王族士族階級)ナータ族の子として生まれ、名前をヴァルダマーナ(繁栄をもたらす者)と付けられました。
両親ともニガンタ宗派(離繋派)に帰依しており、ヴァルダマーナも30歳で出家してニガンタ派の沙門として遊行したため、ニガンタ・ナータプッタとも呼ばれます。
彼は13カ月にわたる瞑想の末、全ての衣服と履物を脱ぎ捨て、世俗にかかわる所有物をすべて放棄して、ニガンタの伝統的修行から離脱しましたが、ニガンタ派としての帰命心(namas)は持ち続けていました。
12年間裸形で修行し苦行と瞑想を続けた結果、完全な智慧を体得したヴァルダマーナは、ジナ(Jina勝利者)となりマハーヴィーラ(Mahāvīra偉大な勇者)と呼ばれるようになりました。
ヴァルダマーナ自身はジナとして教えを説くようになってからも、自分をニガンタ派第24番目の祖(ティールタンカラTīrthaṅkara)として考えていたようですが、アヒンサー(不殺生)やブラフマチャリヤ(禁欲)を徹底した「ジナの教え」に由来して、彼の率いる教団はジャイナ教(耆那教=ジナ教)と呼ばれるようになりました。

一方仏教の始祖となるゴータマブッダは、マガダ国の北西に位置するコーサラ国ルンビニで、シャーキヤ(釈迦)族の王子として誕生し、シッダールタ(全てのことが皆成就した)と名付けられました。
生まれた年代はB.C.7世紀からB.C.5世紀まで幅広く様々な説がありますが、初期仏教とジャイナ教双方の経典の中に出典し合っていることから考えると、マハーヴィーラとゴータマブッダが同時代に存在していたことは確実であると思われます。
ヴァルダマーナと同じように29歳で出家したシッダールタは、生死の境を行き来するような激しい苦行や断食修行を続けましたが、35歳の時村娘スジャータに乳粥を施されたことから苦行を放棄して、菩提樹の下にただ座して瞑想することで悟りを得、ブッダ(Buddha仏陀)として成道しました。
ブッダという呼び名は、サンスクリット語で「覚者/智者」を表し、当時何人もの他の沙門たちやマハーヴィーラもブッダと呼ばれていたという記録があります。
それらの覚者たちと区別するため、仏教の始祖であるシッダールタは、ゴータマブッダと呼ばれます。
ゴータマは苗字で、「最も優れた牛」という意味だそうです。

このようにアフターバラモンを代表する二大教団であるジャイナ教と仏教は、インドの大地の上でほぼ同時期に生まれ、様々な呼び名や価値観を共有していました。
ブッダbuddha以外にも沙門sramanaや涅槃nirvana、解脱moksa、瑜伽yogaなど共通の用語を採用し、お互いの考え方に影響を与え合っていて、信徒の出入りもしばしば行われていたようです。
ジャイナ教に先立つニガンタ派のジナが24祖あったとされているように、仏教でもゴータマブッダに先立って24人の仏が存在したとされていることなどは、偶然にしては出来過ぎの共通項です。

ジャイナ教と仏教では、認識論についての考え方も共通しています。
ジャイナ教では直接知覚を世間的直接知覚と出世間的直接知覚とに分けており、世間的直接知覚は感覚による直観であるのに対し、出世間的直接知覚はジーヴァ(アートマン)を阻害する業(カルマ)が滅したところに現れる解脱智(完全智/超直観智)だとされています。
一方仏教の瑜伽行(ヨーガ)の観法を詳説した『瑜伽師地論 ゆがしじろん』によれば、現量(直接知覚)は世間現量と清浄現量に分けられ、世間現量は感覚による世間的な知覚、清浄現量はものごとの真相を正しく見極める出世間的な知覚(如実知見)を指しています。
ここで言われている「世間」とは、サンスクリット語のlokaローカのことで、私たちが暮らしている「移ろいゆく迷いの世界」を指しています。
この現実世界から抜け出した「出世間」的な存在がジナでありブッダであって、そこに至るためには出世間的な直観認識が必要とされるのだ、と両教とも同じように述べているのです。

仏教はバラモン教の再興による衰退と、イスラム勢力による侵略と破壊のため、13世紀以降インド亜大陸からほぼ消滅してしまいましたが、ジャイナ教は弾圧を乗り越えて存続し、現代のインド社会に対しても少なからぬ影響を与えています。
マハーヴィーラの徹底したアヒンサー(不殺生、非暴力)の思想は、人々に菜食主義を行き渡らせるきっかけとなり、その結果として現在のインドは世界最大のベジタリアン社会となっています。
インド独立の父マハトマ・ガンディーは、アヒンサーの考え方を全ての行為の原則として適用し、非暴力不服従活動を貫いてインド国民はもとより、世界中の人々に大きな衝撃を与えました。
ガンディーはまたあらゆる人権の擁護や女性の権利拡大を提唱した人ですが、心で感じた直観にしたがって生きることの大切さについてこう語っています。
「女性の直感は、しばしば男性の高慢な知識の自負を凌ぐ」と。

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