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精神的健康のなりたち ③融合integration

「ヒトのこころの歴史は、その発生から現在まで、分断と個別化の連続だった」と瞑想の章に書きましたが、その反面こころの中では常に融合を志向する働きも行われています。

個を個として成り立たせるためには、周りの世界や他者と自己との境界を設けると同時に、自己の内部システムを創り続けていなければなりません。
身体的に言えば、細胞が組織をつくり、組織が器官をつくり、器官が器官系をつくって、物質的基盤を階層的に構成し、それらを循環させていくことで、あらゆる多細胞生物は生き続けています。
植物や動物などあらゆる生命体は、この「個」としての階層的生命システムを回すことで成り立っていますが、ヒトにおいては更にこの物質的生命システム全体を包含する上位系である、「こころシステム」を持って生きています。
「こころシステム」は、ヨーロッパで生まれた近代科学の誕生時において、その対象外とされていたため、マテリアル(物質)システムやライフ(生命)システムに比べると、我々科学教徒にとっては馴染みの薄いものとなってしまいましたが、伝統的な宗教体系や哲学では、その中心的なテーマの一つとされてきました。

こころとからだの関係については、古くから様々な考え方がありました。
古代エジプトでは、こころはからだとは別に存在しており、からだが死んでもこころは死なず、また戻ってくる事もあると考えられていました。
古代ギリシャでは、医術の祖ヒポクラテスは「こころは脳にある」と考え、プラトンは「脳と脊髄」、アリストテレスは「心臓」にあるとしていました。
プロティノスは、こころ(霊魂)を感覚界と超感覚界とをつなぐものであるとし、からだと結びついたこころが知恵に即して生きる事で、肉体的欲望に振り回されなくなると言っています。
古代インドでは、純粋無垢なるプルシャ(真我)が物質原理であるプラクリティと出会う事でこころ(チッタ)が生まれ、そこから物質世界とからだの感覚が誕生したとされていました。
中国南宋の儒学者、陸象山は「心即理」と定義し、こころとからだは一体であって、こころの外に事物が存在するのではないと述べました。
象山の考えを受けた王陽明は、万人のこころにはすでに「良知」が宿っているとし、ヒトの行いにはその人のこころが現れる(知行合一)と説き、その教えは「心学」と呼ばれました。

こころとからだについての伝統的な考え方を大きく分ければ、一つの絶対的中心を志向する融合(インテグレーション)型と、多数要素への分断個別化を志向する分離(セパレーション)型のどちらかの方向性を持っています。
近代ヨーロッパでは、デカルトの心身二元論以来、こころ(精神)を扱う哲学や神学という領域から、からだ(物質)について取り扱う自然科学を分離させることで、物質世界の膨大な科学的知識を効率的に集積することに成功しました。
あまりの成功に気をよくした科学専門家たちの間では、物質的システムの方法論によって生命や精神の働きも説明できるという唯物論的認識が大きくなり、この考え方は科学界だけでなく社会一般にも広がっていきました。
認知神経科学者の坂井克之氏は、「こころ」とは機械的な情報処理システムである「脳」が、無数の選択肢の中から一つの行動を選択させるために作り出した仕組みであると説明しています。
このように現代(モダニティ)社会においては、こころを物質的説明に還元する分離型の世界観が圧倒的優位を誇っており、融合型の見方は「非科学的」であると敬遠される傾向があります。

ヒトが共有する知的財産として、その歴史の中に現れた数々の理論や学説は、どんなものでもそれが適正に適用されるドメインにおいては正しいのではないでしょうか。
こころとからだが本来同一のものであるいう心身一元論も、別々のものとして存在しているという心身二元論も、あるいはどちらか一方しか存在しないという唯心論や唯物論も、同じひとつの世界を別ステージ上の立ち位置から眺め、そこから見える範囲(ドメイン)について正しく記述しているということなのではないかと思います。
ニュートン力学が絶対時間と絶対空間というドメインの中においては正しく、アインシュタインの相対論力学が相対的時空間の元で正しい、というのと同じ理屈です。

こころシステムの場=ステージは、からだの属しているライフ(生命)システムの場を丸ごと全て含みながら超越し、別の力学法則に基づいて働いています。
生物のセル(細胞)システムがその中に有機化合物や無機化合物を含みながら、それらのマテリアル(物質)システムとはまるで違う法則によって働いているのと同じ事です。
細胞という生命システムは、融合と分離を繰り返しながら自己組織化する事で、物質界の絶対法則である「エントロピー増大の法則」から一時的に脱がれ、ユニークな秩序を維持し続けています。
同じようにこころシステムも、絶え間ない融合と分離によって自己生成を行いながら、生命システムの絶対法則である「死」の宿命から脱がれているのかもしれません。
精神的健康のなりたちの第3章では、現代の科学的「分離」世界観においては見過ごされがちな、こころの中の「融合」という働きに注目していきたいと思います。

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