うっせえ、俺が「世界観」だ。 _#7 当惑 (さける)
#だからそれはクリープハイプ
更新日: 2023/04/09 (締切4月10日まで加筆する)
#7 当惑 (さける)
隣で泣いていた。それほどなのか。隣で歌声を聴いていた女性が「尾崎くん…」と呟きながら、わっと泣いていた。そう、僕も真面目に聴きに来たのだ。ファンを観察しに来たわけじゃない。90度首を回し、ステージ中央部を向いた。少しもやが掛かっている気がする。青白い光の中で、あの長髪が色っぽくたなびいている。すぐに右のスピーカーから聞こえる上品なギターリフに耳がやられた。自分もライブをやりたくなった。僕なら、そこの中央で歌えるんだ。と、塩見が「お前、折角なんだから落ち着いて聴けよ」と言ってきた。確かにな。
高校の宿題はとても大変だった。しかし、僕らは放課後の居残りなど、なけなしの小遣いを叩いて手に入れたチケットに比べればどうでもよかった。田舎者、ましてや田舎者の高校生には有名バンドのライブを聴きに行くチャンスは少なかった。うまく教員の目をくぐり抜け、校門を出る。高校生がやることは勉強だけではない。ホルモン過多の我々には、他にその時やらねばいつやるのだということが山ほどあるのだ。それをやらずして勉強をしろというのなら、それ以外の処理の方法を指導してくれ。若い頃からブラックな環境に慣れる訓練などまっぴらごめんである。ああ、ラーメン食いたい。
慣れない熱気と爆音に打ちひしがれていた。ファンなら、推しのライブは全てをありがたく感じるのが普通なのだろうか。ああ、その頃に「推し」という言葉があったかは怪しい。初のクリープハイプ、生の演奏を聴き終わった。感動していたのは間違いない。
しばらくして、彼女に振られた。付き合って振られるまでが高校生の醍醐味である。そこでまた興奮した。これで、更にクリープハイプの曲の理解が深まるじゃないか。だが、その興奮が行動に表れることはなかった。次の文化祭ライブで撮影された私の「リバーシブルー」は、後で聴いて呆れた。チューニングが全く合っていない。そんな、初歩のミスが…。ステージにいると、大きすぎる音で音感が崩れることがたまにある。そして何より僕の歌声は、ほとんど泣き声だった。
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