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「常滑焼の急須」

ベネディクト・カンバーバッチがシャーロック・ホームズを演じた『SHERLOCK』をご存知の方は多いと思いますが、次は第1シーズン第2話『死を呼ぶ暗号』の冒頭に出てくるセリフです。
美術館で中国陶器を担当する女性職員が、展示物でもある茶器を使って中国茶を淹れるデモンストレーションをしながら、こう言うんですね。

The great artisans say the more the teapot is used the more beautiful it becomes. The pot is seasoned by repeatedly pouring tea over the surface. The deposit left on the clay created this beautiful patina over time.
名称曰く− 急須は使えば使うほど美しさを増します。くり返し注がれる茶で表面が洗われ、茶が染み込んで陶器の肌に美しいつやが出ます。
SHERLOCK season 1 死を呼ぶ暗号(原題:The Blind Banker)より 

続いてこちら。
さっきの女性職員はあるトラブルに巻き込まれて行方不明となるのですが、展示されている急須のうち、ツヤのあるものが増えていることに気づいたシャーロックは、彼女が美術館のどこかに隠れていると推理します。

(Sherlock): What are you looking at? Tell me more about those teapots.
(Male Staff): The pots were her obsession. They need urgent work. If they dry out, then the clay can start to crumble. Apparently, you have to just keep making tea in them.
(Sherlock): Yesterday, only one of those pots were shining. Now, there are two.
(シャーロック):何だ、この急須は?
(男性職員):彼女は急須に取りつかれてた。乾くと割れるので修理が必要なんだ。使わないとダメらしい。
(シャーロック):昨日ツヤがあったのは1個だけ。2個に増えてる。
SHERLOCK season 1 死を呼ぶ暗号(原題:The Blind Banker)より

SHERLOCKを見たのはだいぶ前なのですが、僕はこれらのシーンがずっと気になっていたんです。本当にお茶で茶器は輝くのか、使い込むほどに美しくなっていくのかと。
こういうエイジングというのは、革製品ではよく聞きます。経年変化ともいいますね。僕も一時期ハマりまして、ちょっといい英国製の靴を買ってみたり、財布を買ってみたりしたことがありました。

常滑焼の急須 図4

例えばこのブライドル・レザーの財布は、買ってから7〜8年くらい経ったものになります。うっかり水で濡らしてシミを作ってしまうとか、爪で引っ掻いてしまうとか、ずいぶんと雑な扱いをしておりますが、いかがでしょう? ちょっとくたびれた感じではありますけれども、いい感じに年を重ねていると思いませんか? もし、茶器もこんなふうに輝きを増していくのなら面白いです。

常滑焼の急須 図1

そう思ったら居ても立ってもいられなくなりまして、気がついたら駅前のお茶屋さんの前にいました。それで買ってきたのがこちらの急須なのですが、どうやら勉強が足りなかったようで、こいつは育てられないやつかもしれません。物欲ゲージ爆上げのときって、下調べが足りずにこういうミスをよくやるんですよね…。ただの無駄遣いで終わらないよう、急須の育て方についてもう少し調べてみることにしましょう。ひょっとしたら、まだ可能性が残っているかもしれませんし。

まず素材について。『急須』で検索をかけるとガラス製、鉄製、ステンレス製など色々出てきますが、育てられるのはもちろん陶器製になります。その中でも常滑焼がおすすめです。温泉旅館の客室に置いてある赤い急須、といえばわかるでしょうか。

(どうでもいいですけれど、宮沢賢治の作品に『なめとこ山の熊』ってのがありますけれども、あれのせいですかね、常滑焼を『なめとこやき』って読んじゃうんですよね。どうでもいいですね、はい。)

どうして常滑焼の急須がおすすめかというと、中国で使われている茶器と同じ作り方をしているものがあるからです。『無釉』とか『焼締め』と書いてあれば、それが育てられる急須です(僕の買ったのはこれらの記載がありませんでした…)。

順番に説明していきます。
まず『無釉』ですけれども、これは釉薬(ゆうやく)を使っていないという意味です。釉薬は『うわぐすり』とも呼ばれるもので、簡単にいうとコーティング剤です。陶器には目に見えない穴がいっぱい空いていますから、釉薬を塗ってもう一度焼いて、ガラス質の膜を作って穴をふさぐんです。

続いて『焼締め』について。
一般的に陶器は800〜900℃で焼いた後(素焼き)、穴をふさぐため釉薬を塗ってもう一度焼きます(本焼き)。これに対し、釉薬を使わずに高温で焼いた陶器を焼締めと呼びます。薪の灰に含まれる成分が溶けて穴をふさぐので、釉薬と同じ効果を出せるのだそうです。どれくらい高温で焼いているのかというと、なんと1100〜1300℃! アツゥイ!

ところでここでふと、ある疑問が頭に浮かびます。「釉薬を使った急須と焼締めの急須、いったい何が違うんだ?」と。そうなんですよ、どちらも穴はふさがれているんです。僕は最初、育てられる急須は素焼きに近い性質を持っていて、水分を含ませることでツヤが出てくるんだと思っていたんです。けれども焼締めも天然の釉薬を使って穴をふさいでいますから、こいつも機能としては同じなんです。じゃあどうして焼締めの急須は育てることができるんだ?

小一時間考えて、急須表面の質感が釉薬の有無で異なることに気づきました。
釉薬は焼くことでガラス質の膜を作りますから、出来上がる急須の表面はつるつる、つやつやと光沢があります。一方焼締めの急須は、天然の釉薬がうっすらとしか塗られていないからか、その表面は釉薬を塗ったものに比べるとざらついていて光沢もありません。革のエイジングにハマった経験から、使い込んだ急須が輝く秘密はここにあるんじゃないかと思いました。

上の方で紹介した僕の財布ですが、特別なお手入れはしていません。でもあれくらい輝いているのは、毎日使っているうちに、革表面の微妙なでこぼこが指や手のひらで擦られてなくなっていったからです(僕の手脂も光沢に貢献していますが…あまり考えたくないですね)。使い込んだ焼締めの急須もこれと一緒で、手で触ったり水で洗ったりするうちに表面のざらざらがなくなっていくから、だんだんツヤが出てくるんじゃないでしょうか。

ということで、中国や台湾の人はどうやって茶器のお手入れをしているのか調べまくっていたら、養壷(やんふう)という言葉を見つけました。これは茶壷(向こうの急須で、読み方は“ちゃふう”)のお手入れ方法で、ものすごく簡単に書くと、使った後にお茶をかけて磨くというもの。ほら、やっぱり磨いている!

ということは…。
僕の買った急須はうっすらと釉薬が塗られているのか、表面に軽く光沢がありますけれども、全体的にくすんだ感じです。もしこれを毎日使って磨き上げたら、もっとつやが出てくるんですかね? 試してみたくなりました。数年後にどうなっているか楽しみです(一年後に比較できるよう、写真を撮っておきましょう)。

常滑焼の急須 図2

ちなみに、淹れたお茶は織部のコーヒーカップで飲んでいます。2010年ころに買ったので、かれこれ10年は使い続けていることになります。物欲にまみれた生活を送っていますが、物持ちはいいんです。

常滑焼の急須 図3

というわけで、今回は急須のお話でした。
素晴らしき哉、物欲。

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