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二つの実家と「地球星人」(2023.01.01)

長い長い一日だった。

昼頃に熊本の実家を出た。
別れ際、父の目が赤く充血し、涙ぐんでいるように見えた。
声は上ずり、私の子供たち一人ひとりに「勉強がんばれよ」とかありきたりの言葉をかけていた。

父は、ここ数年は特に怒りっぽいが、同時にとても涙もろい。この帰省中、父は猫の散歩(父は飼っている猫をリードをつけて散歩させてとても大事にしている)に長男を連れていくなどしてくれていた。父は気持ちを表に表すのがとても苦手だ。父は不器用ながらもそうして私の子供を可愛がってくれているように見えた。

3時間かけて別府に戻り、預けていた幸子(ポメラニアンメス)をペットホテルに引き取りに行った。幸子はついでにカットもしてもらっており、「豆柴カット」を注文していたはずが、なんの犬か分からないような姿になっていた。

家へ帰ってすぐ、妻の実家にいる義姉から電話があった。義姉は甥っ子がうちの長男に会いたがっていると言った。

妻はその電話を受け、すでに時刻は夕方5時であるにも関わらず妻の実家に行くことを決めた。妻の実家には車で1時間程かかる。そんな遅い時間から行くことは馬鹿げているし、帰る時間が遅くなることは明白なので、私は一応反対の立場を取ったが、実家に行きたがる子供たちが向こうについてどうにも分が悪い。結局私たちは陽が落ちて真っ暗な中、妻の実家に向かった。

妻の実家ではすでに義姉、義妹とその家族、そして義父義母がテーブルを囲んで食事をしていた。私たちは簡単に新年の挨拶を済ませ、そのあとはいつものように子供たちに翻弄された。

8時近くになるとさらに妻の従兄弟たちとその家族が大勢やってきた。家の中には子供を含め総勢19人の人間がひしめき、玄関は大小無数の靴で埋め尽くされ、まるで公民館のようだった。怪獣やヒーロー、侍や忍者になりきった子供たちは家の中を走り回り、仏間にあった小児用トランポリンで跳ね、そして時々激しく落ちた。義妹の旦那(福岡在住)と私はそんな子供たちの親として、おじさんとして、そして怪獣や悪者として、子供たちにもみくちゃにされた。それはカオスそのものだった。この戦場(妻の実家)に立つまでの過程ですでに瀕死の状態であったのに、そこからまた力を振り絞って我々は戦った。正義を振りかざし次々に襲い掛かる敵(子供たち)に対して、たった二人で。
しかし一方その時、居間では妻を含む三姉妹がお菓子や果物をつまみながら談笑していた。

妻の従兄弟家族が帰ってから、私たち旦那衆は子供たちを風呂に入れた。それから歯磨きをさせたりなんだかんだしていたら時刻は既に10時半を回っており、結局妻の実家を出たのは11時。家へ帰ったのは日付が変わって1月2日になった時だった。

すでに子供たちは車の中で眠ってしまっていた。私はようやく1時過ぎに自室に落ち着き、本を読むことにした。先日図書館で借りた村田沙耶香著「地球星人」を。

主人公は家庭環境や諸々の事があって、社会から疎外されている。そして社会を、子供を生産するための「工場」と呼び、自らはポハピピンポポピア星人であると思い込んでいる。

この恋愛や結婚、妊娠や出産の過程を当然の価値と考え、押し付けてくる社会を拒絶する主人公というのは以前読んだ同著者の「コンビニ人間」と共通するところだ。

そして私の日常生活はまさにこの主人公が拒絶する価値観の上に成り立っている。私自身がその価値観を肯定するか否かに関わらず。

どちらかというと、私は恋愛や結婚にまつわる「人間的な」幸せというものに懐疑的で、「結婚して当たり前でしょ」とか「子供を育てて一人前」と言った価値観を押し付けてくる人種が嫌いだ。そして妻の実家にもふわっとこの価値観が漂っているのを感じている。

私には弟が二人いて、どちらも独身で、恋愛することに対して億劫というか、そもそもあまり興味がない。そして両親や妻の実家などはそんな二人を奇異な目で見ている事を私は知っている。

私の妻にしても例外ではなく、そんな弟たちの事を「変わってるよね」と臆面もなく言ってくる。私はいつも弟たちを擁護するし、自分も本来そちら側の人間であることを強調するが、妻の中に長年かけて育まれた価値観は強固で、どちらかというと柔軟な考え方が出来る妻もこの点に関しては揺らぐことがない。

というか、妻は私の事を未だにそんな奇人の一員として見ているふしがあり、さっきなども本を読んでいる私に特に声をかけることもなく、一瞥を投げてそそくさと去っていった。

自らを「ポハピピンポポピア星人」、人間を「地球星人」と言って区別する気持ちが私はなんとなく分かるし、この主人公たちの考え方や選択、そして行動は極端ではあるものの、ある種憧れる部分もある。

深夜本を読む私を妻がチラ見して去っていった刹那、妻と私は相対化され、私は宇宙人になったような気持ちだった。そうした景色がひっくり返るような気持ちにさせてくれた「地球星人」という小説と、著者の作風が私はとても性に合っていると思った。

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