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参観日その2(2023.12.07)

次男(2歳)の参観日は幼稚園全体でお店屋さんごっこをしていた。

次男の組はジュース屋さんや、ハンバーガー屋さんや、お医者さん(店ではない)をやっていた。廃材やら色紙いろがみやら段ボールやらで上手に作ったハンバーガーやフルーツなどを使って色んなお店をし、保護者をもてなしてくれた。

部屋の中はわちゃわちゃしていて、気を抜くと園児にぶつかるようだったが、とにかく園児たちが可愛くて、私の硬くて冷たい氷みたいな心はおでんのこんにゃくみたいになった。気づくと言葉遣いも気持ち悪い赤ちゃん言葉みたいなやつになってしまっていたが、今だけはそれでも良いと思った。

やがて私たちはよその組へ遠征へ出かけることが許された。暗い森に立ち入るように、私は次男の手をしっかり繋いで部屋の外へ出た。

それぞれの組では実に色んなお店屋さんをしており、とても賑やかで、みんな生き生きとしていた。段ボールがクレヨンやマジックで色とりどりに塗られて、そこかしこに可愛くて、時に奇妙なオブジェがある。目に飛び込んでくる情報量がとても多くて、私は不審者みたいにきょろきょろしてしまった。

部屋の中のみならず、廊下などでも色々手作りの店舗や乗り物で溢れていた。外に面した廊下をひっきりなしに園児たちを乗せたタクシーやバスが通って行った。廊下に面したある部屋にはガソリンスタンドがあって、園児たちが給油や窓ふきをしていた。

園舎と園舎の間の渡り廊下には大きな手作りの牛がいて、中には年長さんらしき園児が3人ばかり入っている。そうして一生懸命牛の動きをしている。牛の継ぎ目から覗く園児の薄緑の帽子。オレンジ色の体操服。牛の頭と胴体とお尻が波打つように動いている。色んな組からやってきた大きな子や小さな子がその大きな牛に藁(本物)を与え、牛は藁を食んでいる。次男はその様子を見て怯えている。早くここを離れようと私に訴える。握った手がじわっと温度と湿り気を帯びている。

私は次男を連れて長女の組へ向かっていた。途中、知ってる子、知らない子、知ってる先生、知らない先生、色んな人と廊下をすれ違った。たくさんの子がかわるがわる私に声をかけてきた。みんな目がきらきらしており、声が弾んでいた。自分のお店屋さんを繁盛させようと一生懸命声を出して頑張っていた。

まともに歩を進める事は出来なかった。川の中を歩いているみたいに、廊下の向こうから次々に園児たちが、歩いたり、走ったり、一人だったり、複数だったり、次々にそれぞれの歩幅でやって来る。私の視点から見ると、それらはカラフルな帽子からなる無数の点で、それが不規則に揺れて、私や次男の横を通り過ぎていく。

ようやく長女のいる部屋に着いて、私は長女を探した。長女のおかっぱ頭を。そして私は長女を部屋の真ん中あたりに見つけた。長女も私たちを見つけると、顔をしわくちゃにほころばせて、私たちのところへ駆け寄ってきた。

長女の組は焼肉屋さんだった。スポンジやらティッシュを丸めてセロハンテープでぐるぐる巻きにしたものなどに色を塗って肉に見立てていた。肉のみならず野菜やサイドメニューも豊富で、それらを大きな鉄板(に見立てたもの)の上で焼いて、めいっぱい大皿に盛り付けて、焼肉屋さんにやってきた保護者やよその組の園児たちをもてなしていた。

部屋の中は段ボールの壁によって通路と小部屋に区切られていた。園児たちはその中を難なく歩き回るけど、私は身を屈めたりよじったり、移動するのもやっとだった。

私は部屋の片隅の、アリの巣の小部屋のようなところに身を落ち着かせて、長女に焼肉を注文した。園児たちが焼き、みんなが食べている焼肉がとても美味しそうに見えたので、私は長女に大盛で持ってきてもらうよう頼んだ。

段ボールに囲まれた小部屋で、私と次男は長いこと待った。時々事情を知らない園児たちがやってきて、私たちに挨拶していった。その中には次男を知っている子もいたし、知らない子もいた。次男は借りてきた猫みたいに大人しく長女が持ってくる焼肉をじっと待っていた。

やがて長女が大皿にたっぷり盛られた焼肉を持ってきた。私はそれが美味しそうな匂いを放っているみたいに思えた。園児たちが疑似的にそれらを焼肉に見立てている気持ちが、スポンジやティッシュの塊を存在としての焼肉に近づけているのではないかと思った。私はそれらをかじってみたい衝動に駆られたが、やめた。

大皿に盛られた全ての焼肉を私と次男は食べてしまった(ふりをした)。それからなんだか食べたりない気がした私は長女におかわりを頼んだ。長女は大皿を持って、嬉しそうに鉄板の方に歩いていってしまった。

部屋の中や外はまだ巨大な塊のような喧騒で溢れていた。その間にも部屋を次々に通り過ぎていく園児たち。次男は自分より年上の彼らを真っ黒な二つの穴みたいな目をしてじっと眺めている。

疑似的な鉄板で、疑似的な焼肉が焼けるのをじっと小部屋で待っている私たち。肉が焼ける良い匂いが部屋の中に立ち込めていた。


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