あの石碑を揺さぶりたい

余生を燻って横たわる患者をよそに、タイマーをリセットし、
作業に取り掛かった。性急に点滴を変えながら、優しく問いかける。

「あの〜、心臓さんの音を聞きたいので、少しだけ体動かしますよ〜」
サイドレールを外し、横たわった体を正面に正す。そして、スイッチで上半身のマークボタンを押す。慣れた手つきで聴診器を使い、音を拾う。介護士として、経験を積んだお陰で、遵守な仕事ぶりを披露することが出来た。
何度苦労したことか、、。

事を終えたので、別れの挨拶を笑顔まじりに言う。
「はい、これで終わりですので、ゆっくり休んでくださいね〜」
踵を返す際、見えた。
患者が口を噤んだまま、嘲うようにニヤニヤとこちらを見ていた。
急いで第一ぼたんを締め、先ほどの笑顔を使い回し、会釈をして事を済ました。

次の患者のところに行く。訥々しい手つきで次の準備を行う。なんだか、頭に残る表情に思う。
裸の肌に藪蚊が群がってきたみたいに、ぐっとプレッシャーに襲われる。
重病患者は、私たちを侮蔑や淫猥の態度で関わってくる。そんなものもう、慣れていると思っていたのに、、。
しかし、、。
前にもあんな顔をされたような、誰かに、、それも仲間内で、、。


私は、中学校3年生の頃、好きな男の子がいた。野球部に入っていてキャプテンで丸坊主の子だった。当時の私は、それがかっこいいと思っていた。まぁ、男性女性と意識し出した頃の好きだなんて、今思えば零細な恋心なんだが、、。
告白しようか迷っていた。
と言うのも、彼は、恋人がいたから、、。
私よりも、楚楚しくて矮小な彼女は、女の子ですら守ってあげたいと思うくらい、、魅力的な女の子だった。
だから彼女の周りは、いつも人が集い大きな集団ができ私もその一人になっていた。
集団の中心には、いつも彼女がいて、なんだか品のいい記念碑のように見えた。
常に、誰と過ごしたら安全か人を値踏みする私とは、格が違う。

格上の彼女と付き合う男子に告白するなんて、畏怖の念を感じる。

しかし、ある噂を耳にした。それは、胸を締め付ける悲しみに似た喜びだった。
「別れたらしい、、。」
不思議と頭の中で、種々雑多と無数のアイデアが思い浮かんだ。
出会う場、時間帯、話の切り出し方、タイミング、、それらを手際よく。

ひどく緊張し始めた、                           膝が震え体がすくみ上がるような堅苦しい息詰まりを感じる。
結果的に部活が終わるのを待つのが最善だと、何しろ野球部は終わりが遅い。
外聞を気にする私にとっては、人気のない時間帯はとてもありがたい。
下校アナウンスが鳴り止んでから、数時間後、野球部総勢で帰宅してきた。
軍事訓練を受けたように胸を張って闊歩している。心臓の鼓動が早くそして強く、外部にこの音が漏れるのではないかと思うくらい、切迫詰まっていた。

踵を上に伸ばし、居並んだ丸い形状達を見回す。
違う、あれも、、これも、、そんな歪な顔じゃない、、ちが、う、。
視界が急に狭くなったような感覚と共に、心の壁に大きな風穴が空いたようにも感じた。

「あ、、」
一言で軍勢の動きが止まる。そして、一斉にレーザーを浴びるように注目を浴びた。
「杉浦さんじゃん、どうしたの、こんな時間に、、。」
クラスメイトの一人が寄ってきた。訥々と事情を説明する。

「いるよ!ここに!」
そいつは、スッと両肩を上げ
「こうちゃん!、、話あるんだって!」
このバカ!と思う。
中野康太くんは、少し離れた場所にいた。
名無しの群衆がヒューヒューとけどけどしいまでにやじをかける。
やじの群衆をよそに、不思議に思う。
どうして、、どうして中野くんはあの人といるの?、意識がひどく弛緩し、、
一瞬、記憶を遡る。
今まで遮二無二やってきた行動作戦は、この日のために、、
目を据えて言った。なんの前触れもなく、無造作に吐き捨てるように。

中野くんに振られてから、数日後。
噂が学級中に活気を与える。
彼女らは、優しく接してくれた。今まで以上に。
この話題は、長らく続いた。


次の患者のところに向かう私。
病棟に着くや否や第一ボタンを開けた。

タイマーをリセットし、作業に取り掛かった。性急に点滴を変えながら、優しく問いかける。
「あの〜、心臓さんの音を聞きたいので、少しだけ体動かしますよ〜」
その際、前屈みになる。男の視線を誘導し、、こいつは、こんな時に興奮してんのかと、吐き捨てるように思う。

どうせもうすぐ、無数の石碑の残滓になるっていうのに、、

私の担当は全て重病患者だ。先のない彼らに儚い希望を私の胸で弾ませる事が、とても私を昂揚させる。

「はい、これで終わりですので、ゆっくり休んでくださいね〜」

テンプレートされた言葉を投げ、次へ向かった。

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