日本における新型コロナウイルス対策の問題点と解決へ向けての政策の考察

1.はじめに


東京オリンピックが、華やかに開催されている中、首都圏に再び緊急事態宣言が出されようとしている。

何故一年6ヶ月、効果が不明の対策を繰り返してきたのか。

これは「目的」と「着地点」の設定が曖昧だからである。

2.自粛を徹底するという政策の前提条件


コロナ騒動の着地点とは何か → 普通の生活に一日も早く戻す

これが目的であり着地点である。

普通の生活に一日も早く戻す為に、達成手段として有効であると一年6ヶ月前に考えられたのが「接触機会の削減」による感染対策

この時点では「ウイルス感染は人為的にコントロールできる」という前提であった

大規模な休業要請を行い、ステイホームを徹底した。
クラスター対策として濃厚接触者を追いかけて隔離した。
この戦術は今も維持されており、今回のこの騒動もこの戦術による。

しかし国内のデータ、海外のデータを見る限り「ウイルス感染は人為的にコントロールできない」という事がわかってきた。

初期の頃に厳格なロックダウンした国、地域と、しなかった国、地域の感染者数の動向を比較すると、その動向に差はない。即ち、人流抑制は感染拡大と相関関係にないという事である。

マスク着用を義務づけた国、地域とそうではない国、地域もしかり。

酒類提供している国、地域とそうではない国、地域もしかり。

今日本ではPCR陽性者が増えていますが、国際比較するとその波は驚くほど同じ。

むしろ季節性によるところが大きく、風邪や夏風邪のシーズンに如何なる対策をとっていても増加している。

ここから導き出せる答えは「ウイルス感染は人為的にコントロールできない」ということである。

3.ウイルスに敗北宣言をする事がリスタートへの転換点

ウイルスは人為的にコントロールできると信じ「こんな怖いウイルスを皆んなで頑張って0にしよう」というのが国民の雰囲気である。
自粛の先に自由がある。その自由はウイルスをコントロールする事で得られるとの考え方である。
だから自粛しない人間はけしからん奴で、自粛の先にある自由を奪うとんでもない奴との概念がうまれ、国民が分断しているわけである。

この考えを達成する為には、ウイルスを人為的にコントロール出来る前提が絶対条件である。

当初我々はこのウイルスについて、「ウイルス感染は人為的にコントロールできる」と簡単に考えていたわけだが、「我々人間の力ではウイルス感染はコントロールできない」とデータからわかってきた。

非常に手強い相手である事がわかってきた。

そこでまず我々が為すべき事は、ウイルスに対する認識を改める事である。

人間の驕り、科学者の驕りによりウイルスは人間の力でコントロールできるという過信があった事を認める必要がある。

人間がウイルスをコントロールできるのは困難なのだと。

振り返ると人類が克服した感染症は天然痘だけであり、国際ロータリーが力を入れて根絶に取り組んでいるポリオでさえ未だ根絶に至っていない。

このウイルスに対する過信を認めて、まずは「ウイルスはコントロールできる程甘くない」という敗北宣言をするべきである。

日本社会では「ウイルスは人為的にコントロールできる」と信じているから、コントロールできない政権はだらしないと感染拡大で批判がなされるのである。

この点を明確にして、国民にこの事実を受け入れてもらう努力をしなければコロナ騒動は解決しない。

だからこそ敗北宣言が必要なのである。

4.前提が間違えていた事がデータで明らかに


前述の通り「接触機会の削減は感染対策に重要な政策ではない」という結論が導き出せる

よって今行われている「国民の行動変容」だけに依存する感染対策は誤りで、効果がない事となる。

前提が間違えている以上、それを修正できないから国民は政府に不信感を抱き、自粛要請に従わなくなったわけである。
我々愚かな国民が、政府の指示通りに動かないから感染拡大したというロジックが間違いなのだ。

この点を政治的リーダーシップで軌道修正を行い、抜本的な政策変更が必要な段階なのである。

5.自粛の目的が曖昧に


一年6ヶ月前のパンデミック初期は「医療崩壊を防ぐための自粛」であった。
自粛の目的がしっかりしていた。

しかし今年に入り「自粛の目的」が人により様々になってきた。
船頭が多すぎるのが原因だが、総理の情報発信力の弱さがそれを招いている。

船頭の多さから、ウイルスがいなくなるまで自粛しろという、およそ科学的とは思えない方々の声が政策に反映される様になってきた。

ウイルスは人為的にコントロールできるものではないという事実を受け止められていない事が原因であり敗北宣言の重要性はここにある。

6.人為的にコントロールできる対策しかできない


前述の通り「ウイルス感染は人為的にコントロールできない」事はデータから明らかである。

我々は神ではないので、人間にできる事しか政策として実行できない。
だから「人為的にコントロールできる」事しかできないのである。

唯一人為的にコントロール出来る事は医療体制の整備である
新興感染症により私権制限を行っているのであるから、今は「戦時」である

戦時である以上、国家の資源を総動員して難局を乗り越えるしかない。

医療体制は我が国の資源を総動員できているのであろうか。
多くの病院、クリニックではコロナ患者を受け入れていない。

無症状者や軽症者がこれ程多い感染症に対して、開業医が通常に診察できない仕組をどうするのか。

感染症の分類がボトルネックとなり、特定の医療資源を消耗させているわけである。

7.日本の救急医療体制は常に飽和状態


また日本の医療政策では、救急病床の稼働率はコロナ前でも90%を超えている。
医療費抑制の為に救急病床は常に崩壊寸前で稼働しているのだ。
コロナが原因で救急病床が逼迫しているのではなく、そもそも我が国の医療体制はその様な仕組みで動いている。

この医療体制を見直す議論は現在でも出ていない。

三次救急、二次救急の医療機関は常に赤字体質であり、黒字体質になる診療報酬の分配が必須なのである。

しかしここに手を着けると、開業医の診療報酬を下げざるを得ず医師会が反対する所以である。

慢性的に逼迫している救急医療体制を改善していくしかないが、それは医師会の利害と対立する大きな問題であり、抜本的な改革を意味する。

相当の政治的リーダーシップが必要になる。

8.ウイルスの毒性の評価


コロナウイルスは若年層も重症化するという事であるが、若年層は絶対に重症化しない感染症があるのか。
そんな感染症は存在しない。

後遺症に苦しむというが、プロ野球選手や芸能人で後遺症に苦しんでいる方はいらっしゃるだろうか。

後遺症については、隔離による筋肉量の低下や不安を煽り過ぎた事による心因性の症状であるとの指摘が多い。

ウイルス発生から2年が経過し、現在はPCR陽性者数こそ増えているが、死亡者数や重症者数は増えていない。

デルタ株と呼ばれるウイルスの主症状は、頭痛、鼻水、喉の痛みだそうだ。

毒性の評価を適切に行うという基本的な事がなされていない故に、一年6ヶ月前の未知のウイルスである前提で政策が決定されている事が問題なのである。

9.どんな病気でも命を落とす可能性がある


今回のパンデミックにより、日本人は感染症ごときで命を落とす事はないと思っている方が多かったと思われる。
感染症を医学が克服したと過信があったかもしれない。

コロナは怖いウイルスであり、コロナに罹患すれば命を落とすという印象をおもちの方々はたくさんいらっしゃる。蚊に刺されて感染症に罹患し命を落とす事もある。
ただの風邪で命を落とす事がある。

癌や脳梗塞、心筋梗塞だけで人は亡くなるわけではない。

この現実に日本人は向き合う必要がある。
感染症は怖いのだという現実である。

これも敗北宣言の一環としての位置付けになる。

10.まとめ


この様な観点から政治的リーダーシップで、政策の前提の誤りを認めて、人為的にコントロールできる政策のみをそのリーダーシップで実行して行くしかない。

敗北宣言を行うぐらいのインパクトが無ければ政策転換はできない。

自殺者が増えている中、時間はない。

直ちに政治的なリーダーシップで実行して頂きたいと切に思う次第です。

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