大便するなら換気しろ
※全文を公開している「投げ銭」スタイルの記事です
2020年春、人類はコロナウイルスによって外出自粛生活を強いられることになりました。
卒業、入学、桜を見る会、ゴールデンウィーク、五月病……生活風景が目まぐるしく変わっていく季節のはずが、寝ても覚めても、眼前に広がるは「生活最適化」された我が家です(「散らかっている」とほぼ同義)。
カレンダーを見てやっと「今日は何月何日何曜日なのか」を知る日々になってしまったのは、景色に加え、毎日の登場人物にも変化がないからでしょう。
我が家は1985年生まれ(35歳)の夫婦2人暮らしです。
いっしょに生活を始めてからまもなく4年が経とうとしていますが、夫の性格がとてもおだやかであることに助けられ、これまでたいした喧嘩もせずに暮らしてきました。
3月末には揃って自宅でのリモートワークが始まりましたが、1台しかない作業机の取り合いになる以外、大きな問題は起こらないだろうと思っていたのです。
ところがどっこい、我々はコロナウイルスによって少しずつ破滅の道に導かれていたのでした……。
(※注:健康状態はいたって良好です)
夫婦関係は「クセを許容すること」で成り立っている
夫婦はもともと赤の他人です。「育ってきた環境が違うから 好き嫌いはイナメナイ」と山崎まさよしが書いているように、どんなに仲が良かろうとも、互いの「常識」にはズレが生じるもの。
その表現が大仰であれば「クセ」「習性」などと言い換えてもよいでしょう。それが「許容範囲内か否か」が結婚の決め手のひとつではないでしょうか。
たとえば私の習性のひとつに「料理嫌い」があります。
一人暮らしをしていたときは「フライパンの上でキャベツの千切りを炒め、皿も出さずにそのまま(なんなら、キッチンで立ったまま)食べる」ことを「自炊」と呼んでいたほどですが、主人にとっては「許容範囲内」だったようです。
スキレットやストウブ鍋ではない「ザ・家庭用鍋」のまま、食卓に料理を出すことがあっても、受け入れてもらえています。
他には、こまめにコンセントからプラグを抜く夫 VS 挿しっぱなしの私、で相容れなかったことなどもありますが、なんとなくの妥協点も見つかりました。
まだまだ、いろいろ、小さな相違がたくさんあります。
外出自粛生活が始まったことで、普段こうした小さな「違い」をスルーできていたのは、それが「忙しい1日のなかのほんの一瞬のこと」だったからなのだ、ということに気付かされました。
コロナ前といえば、1日のなかで通勤、打ち合わせ、資料作成、現場仕事に飲み会、お子さんがいらっしゃる方は育児タイム……
場所や相対する人を変えながら、その時々で考えなければならないことがごまんとあったのです。細かなことを気に留め、わざわざ怒るほどの余力は残されていませんでした。
「我慢ならないクセ」を見つけてしまった
ところがそんな私たちに、外出自粛生活はある種のゆとりをもたらしました。移動時間と対面する人が減ったことで、脳みそにリソースが生まれたのです。
暇を持て余した脳にとっての「手持ち無沙汰でつい指のササクレをひん剥いてしまう」に匹敵する暇つぶし、それは「許容範囲ダウト」でした。
いままで「自分とはちょっと考え方が違うけれど、まあ許容範囲」と思って見過ごしていた振る舞いが、夫婦互いに「ダウト」扱いになっていったのです。
たとえば……
・3秒ルールと言いながら家で拾い食いする私
・ビールの空き缶をなかなかゴミ箱に持っていかない夫
・届いた郵便物を数日出しっぱなしにしている私
そして、
・トイレの換気扇をつけ忘れがちの夫
です。
普段の生活であれば、「大」の直後に出くわさない限りは気にならないことでした。ふんばるのは往々にして出勤前、それぞれ「朝の支度」の時間が重なっていなかったため、ほとんどスメル・テロには遭遇しなかったのです。
まれに「食らう」ことがありましたが、呼吸を止めてすぐに換気扇をつけるとともに、消臭スプレーを噴射すれば済むことでした。
ところが四六時中いっしょに過ごすようになって事態は一変、エンカウント率が急激に上がってしまいました。
「換気扇をつけっぱなしに」というアイデアもありましょうが、前述の通り、主人は電源の挿しっぱなしや主電源のことが気になってしまうタイプで、その選択肢は無いも同然です。
あいにくウォシュレットも設置されていないため、彼自身が換気扇をつけるなり、消臭スプレーを使うなり、自発的にケアをするしかありません。
そんな夫の行動を変えるため、私は立ち上がりました。人の行動を変えるには恐怖訴求がいちばんです。
「あなた、このままでいいんですか?」から「いいえ、だめです」の心境をつくりだし、救済策としての行動変容「"大"のあとは換気扇!」を提案しよう!
そこで私は、彼が「うっかり」するたびに口撃することにしました。
「自分が同じことをされたらどんな気持ちになるの?」
「そういう匂いを嗅がせる趣味があったの?」
ただ、クセというのはそう簡単に直らないものです。
こんな嫌味を言われれば「なにくそ!」と思うでしょうし(うんこの話題だけに)、換気扇や消臭スプレーを使うべきであることは百も承知のはずなのに、できない。
クセとはそういうものです。彼自身も「うっかり」をやらかすたび、もどかしそうにしていました。
非力な貼り紙を強化するテクニック
私は「次の手」を検討し始めました。
「言ってダメなら、やはり貼り紙だろうか?」
貼り紙戦法は、着手を拒んでいた「奥の手」でもあります。
というのも、貼り紙をつくろうにも、私にはデザインセンスも絵心もないからです。メッセージを手書きしたA4の裏紙を貼ることしかできません。
見た目がよくないのは明らか、そんなものを「心のオアシス」ことトイレに貼ることに抵抗感を持っていました。
なにより、美観を犠牲にまでして得られる効果のほどが疑わしいのです。
飲食店のトイレで責務を果たせず虚しく輝いていた「一歩前へ!」「男子も座ってね!」の貼り紙を何度見たことでしょう。さながら墓標でありました。
ここからわかるのは、「並大抵のメッセージでは、人の心を揺さぶり、行動を変えることなどできない」というシビアな現実です。
「おしりだって洗ってほしい」に匹敵するような名コピーを、私は生み出せるのだろうか……。
そんなとき、テレビからこんな声が聴こえてきました。
「♪ピアノ売ってちょうだい~」
16:9の画角を潔く諦めた、4:3のレトロな画面。その中央、ピアノの鍵盤の上で朗らかに腕を回す財津一郎。彼を取り囲む、ラッキョウのようなコスチュームの女性たち……。
「♪みんなまあるく、タケモトピアノ~」
我が家には当然ピアノなどありませんが、万が一ピアノを持っていたとして! それが要らなくなったとして! その瞬間に頭に流れるのはきっと「♪ピアノ売ってちょうだい~」からの「タケモトピアノ」です。
日本で暮らす人の大半は、タケモトピアノによってパブロフの犬と化しています。
(なんと赤ちゃんまでもが、この歌を聴くと泣き止むというではありませんか!)
これだ、と思いました。訴求したいことは、シンプルなメッセージとメロディに乗せるにかぎる!
しかしながら、しがないパート主婦に小林亜星先生ばりの名曲を生み出せるはずもありません(ちなみに「タケモトピアノの歌」は谷本奈利紘先生が作曲しています)。
私にできることはただひとつ、「替え歌」です。
多感な時期を「さんまのSUPERからくりTV」(1992~2014年放送、替え歌コーナーが人気)に育てられたといっても過言ではない、85年生まれの意地を見せるときがやってきました!
「ひとり替え歌グランプリ」開幕
A4サイズの裏紙をひっぱり出し、コタツ(と書いてローテーブルと読む)の上でサインペンのキャップを外したら試合開始です。
「換気……うんこ……」
「いや、"大便"のほうが貼り紙っぽいか……」
「"大便するなら換気しろ"なんてどうだ……?」
そんな「ひとり連想ゲーム」による思いつきと、私の記憶にストックされた「あのフレーズ」が重なるまで、ほとんど時間はかかりませんでした。
「♪焼き肉焼いても 家焼くな」
ご存じの方も多いでしょう。日本食研ホールディングスが誇る看板商品、焼き肉のタレ「晩餐館」です。
救急車に乗った3匹の牛(名前:バンコ)が「♪カンカンカンカン 晩餐館 焼き肉焼いても家焼くな」と歌う、テンションは低く、インパクトは大きく、タレの旨さには触れないCM(92~93年に放送)が脳内で再生されたのでした。
そうだ、私を育ててくれたのは「からくりTV」と「晩餐館」じゃないか……!
ひらめいた勢いのまま、新たな裏紙の左の方に、縦書きで「大便するなら換気しろ」と書きました。
一瞬「同情するなら金をくれ」が脳裏をよぎりましたが、あちらはあくまでセリフです。今回ほしいのは、同い年である35歳の主人が脳内でうっかり口ずさんでしまうメロディ!
こんなことに使ってしまって晩餐館には悪いけれど、もうこのまま突っ切るしかありません。
次に考えるべきは「つかみ」ともいえる「カンカンカンカン 晩餐館」にあたる部分でした。
「カンカンカンカン、換気扇……」
「いや、ラストの"キセン"のあたりの響きが気に食わないな」
「インパクトも足りない」
「晩餐館のCMのようなナンセンスな響きがほしいんだよ……」
「うんこ……」
「カンカンじゃなくてウンウンもイケるんじゃないか……?」
乗りかかった船とはいえ、だんだん自分が目の前のことに飽きてきているのも感じていました。
いくらパート主婦とはいえ、やることはいろいろあるのです。さっさと仕上げてしまいたい!
そうして最終的に(飽きがきて、なかば投げやりに)決まった替え歌が、こちらです。
うんうんうんうん うんこマン
大便するなら 換気しろ
※晩餐館のCMのメロディーで
※できるまで はがしません
替え歌は「クセ修正の自動化システム」
トイレの壁にセロテープでそっと紙を貼り付けました。
キッチンで家事に励んでいると、その後トイレに入った夫がにこにこしながらこちらにやってくるではありませんか。
「……どうだった?」
「うっかり歌っちゃった」
それは私にとっての大金星を意味します。「うっかり歌った」とは、すなわち「呪いにかかった」ということです。
トイレのなかで視界に貼り紙が入ったが最後、頭のなかでは勝手に
「♪うんうんうんうん……」
と歌い出してしまう、恐ろしい呪いです。ひとたび歌い始めたら、「大便するなら換気しろ」まで口ずさんでしまうことでしょう。
効果はてきめんで、以来「朝の大便ハラスメント」が起こることはほとんどなくなりました。
ある日トイレから出てきた夫がハッとした顔になり、
「しまった、バンサンカン見てくる」
(訳:換気扇をつけ忘れていないか確認してくる)
と言ってとんぼ返りしたときの感動といったら!
このとき私は感動ついでに、「"25ans(ヴァンサンカン)見てくる"って、OLかーい!」と心のなかでツッコミました。
私の力なのか晩餐館の力なのか、はたまた25ansの力なのか……いずれにしても、我が家はこうして「換気扇チェックのオートメーション化」に成功しました。
夫の直後にトイレを使う際は消臭スプレーの併用が必要になることもありますが、そんなことはたいした問題ではありません。
「クセを直せた!」
その達成感で胸がいっぱいになりました。
システムが破壊された日
こうして我が家に平和が訪れた――
この一行で締めくくりたい気持ちはやまやまですが、人生いろいろです。男もいろいろ、女だっていろいろ……。
事態は「私のミス」により、期待していなかった展開へと転がっていきました。
ある日、私が、カギを、失くしたのです。
突然なんの話かとお思いでしょう。トイレのカギ? はて? 混乱されている方もいらっしゃるかもしれませんが、失くしたのは家のカギです。
それは週に2回までと決めている「買い出しデー」の出来事でした。数日ぶんの買い物を済ませて帰ってきたら、ポッケに入れていたはずのカギがない!
途方に暮れました。なにせ、カギを紛失したのは今回で3度目だからです(自分が怖い)。慌てて警察に駆け込みました。
(前回はあっという間に警察から連絡が来て、日本の治安のよさにつくづくシビれたものです……なんて悠長に書いているようだから、いけない)
主人にはさすがに叱られました。初めてのことではありませんから当然でしょう。
自分でも自分が嫌になり、警察から一刻も早く連絡が来ることを祈りながら、懺悔室という名のトイレに籠もりました。何か反省するとき、私はきまってトイレで独白するのです。
「私は罪を犯しました……」
懺悔しながら顔を上げれば、私を待っていたのは微笑む神ではなく、くだらない紙でした。
「うんうんうんうんうんこマン」
自ら書いた文字が心を抉ってきます。ああそうだ、私は確かにうんこのような存在だ、流されてしまえばいいんだ……。「バンサンカン見てくる」と言って笑ってくれた夫が、遠い昔の存在のように思われました。
「なにさ、こんなもん!」
私は手書きの貼り紙……否、「大便後換気誘発装置」をビリっと剥がし、くしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に思い切り投げ捨てました。
なにがうんこマンだ!
なにが晩餐館だ(日本食研さんすみません)!
私なんて換気扇のことをとやかく言えるような立派な人間じゃあないんだ!
くそったれ(うんこの話だけに)!!!
その数時間後、買い出しに出かけていたスーパーでカギが発見され、なんとか事なきを得られました。日本、すごい。
カギに「紛失防止タグ」をつけることや、ポケットに入れないようにすることなど、対策を講じたことで夫婦仲もなんとか元通りに。
これにて一件落着! かと思いましたが、貼り紙なきいま、換気扇つけ忘れトラブルが再発しています。
さすがに同じ言葉では響かないでしょうから、次なる貼り紙に書き入れる替え歌を検討しなければなりません。アイデアをいただけましたら幸いです。
ただ、もっと必要とされているのは、私がカギをなくさないための替え歌かもしれませんが……
最後にごあいさつ
改めまして、やままあきです。
インディーズエッセイストを自称して、このnoteやブログ、ポッドキャスト、電子書籍等、いろいろな形でエッセイを発信しています。
よかったら下記情報もチェックいただけたら幸いです。今後ともよろしくお願い致します。
・ポッドキャスト:「喋りたいことやまやまです」
・ブログ:「言いたいことやまやまです」
・電子書籍:『凡人の星になる』
・電子書籍:『喫茶アメリカンについて言いたいことやまやまです』
※以降に文章はありません。もし気に入っていただけたら「投げ銭」で応援していただけるとうれしいです!
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