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"カラス博士“も嫉妬‼ モモンガに怒られながら研究奮闘する動物行動学者のスゴイ本

野生動物と3日触れ合わないと体調が悪くなる…野生動物を好きすぎる小林朋道氏による奮闘動物エッセイ『動物行動学者、モモンガに怒られる』(小林朋道著)が発刊されました。

目をあけて眠るアカネズミ、公衆トイレをつくるタヌキ、ハエに血を吸われるコウモリなどなど、野生動物たちのユニークな生態、彼らと濃く触れ合う日常、共存のあり方までを語り尽くした一冊です。

動物行動学者であり、カラスの研究者としても知られる松原始氏に、本書の魅力を語っていただきました。

◎身近に潜む生物たちのドラマ

『先生、◯◯が◯◯しています!』シリーズ(築地書館)で有名な小林朋道氏。新刊『動物行動学者、モモンガに怒られる』(山と溪谷社)でも、身近に潜む生物のドラマや謎を足取り軽やかに、時に脱線に熱が入りながら訪ね歩く。

この脱線も大事である。

氏は愛読書にカルロ・ロヴェッリが量子力学について述べた『世界は「関係」でできている』(NHK出版)を挙げているが、生物学もまた、思わぬ関係性の学問なのだ(その一例は、たとえば本書の「アカネズミの章」にも取り上げられている)。

本書を読むと、登場する動物たちを自分の目で見た時のことを思い出してしまう。トラップの中で油断なく目を光らせていたアカネズミ、渓流の水たまりを歩くアカハライモリ、屋久島の山中で微かな気配を悟ってお互いに立ち止まったシカ。

だが、モモンガに怒られたことはない! いいなー。

見たことある! と思えば嬉しく、あ、こういうところまでは見なかったなと思うと、つい悔しくなる。

本書はそういう、生き物好きなら一緒に一喜一憂できる本だ。

森に仕掛けたトラップに入っていたアカネズミ(本文より)
島に1頭だけで生きるシカ「ツコ」の最後の姿(本文より)

◎人間に備わった「ヒューマン・ネイチャー」

だが、本書の本当のテーマは、おそらくそこではない。

氏が繰り返し述べているのは、ヒトという種に備わった自然への感受性だ。これは立派に進化生物学のテーマであり、様々な研究例がある。

ヒトはおそらく動物を認識するための専用の回路を脳に持っている。

緑は目を刺激しない、言い換えれば「常に背景として見ていたであろう」色だ。多くの人間は少し樹木のある草原のような風景を好ましく思うという研究もある。

それが狩猟採集の中で進化したヒューマン・ネイチャー(人間の本性)というわけだ。

そういった、ヒトが本来備えている機能は自然や動物と接することでしか満たされないだろう、と氏は述べる。

いや確かにわかるのだ。学者を突き動かすのは知的探究心ばかりではない。

本当は動物を探し、追いかけ、時に捕まえる、そのプロセスから楽しいのである。

それは物理的・身体的な行動でもあるし、相手の情報を収集し、予測し、先回りする、という知能面での「追跡」でもある。

知的探究心と言えば聞こえはいいが、つまりは「獲物がどこにいるか予測する能力」と思えば、それもまた狩猟採集民としてのヒューマン・ネイチャーである。

ちびっ子のヒキガエルの後ろ姿。著者は「ヒキケツ」と呼ぶ(本文より)
木に登っている著者に足元から睨みをきかせる母モモンガ(本文より)

◎自然を守るには、どうすればいい?

また、昨今の自粛の中で、つくづく思い知った渇望。

自分の中に森の成分が足りない。

その成分とは、湿った土の感触、落ち葉の匂い、日の当たった岩の温もり、葉のそよぐ音、鳥の声、顔にかかるクモの巣など、森の雰囲気の総体だ。落ち葉の積もった黒土の心地よさときたら!

だが、人々にただ自然を愛しましょう、生態系を大事にしましょうと言ったところで、大抵の場合は空疎で無力だ。

人はみな日々の暮らしに忙しいのだ。まして知りもしない、興味もないものを大事になど、できるわけがない。

相手を知ること、興味を持つことは、自ずと相手への親愛や敬意に変わる(これも人間の性質の一つだろう)。現代社会では経済的・政治的な仕掛けだって必要だ。

本書に書かれているが、例えばスナヤツメのいる水辺を守りたければ、どうするか?

ただ声高に「しぜんをだいじに!」と叫んでもダメだ。

スナヤツメのいる環境を解析し、そのための河川の構造を解明し、「水深これだけ、こういう水路で河川と接続する場所を作ってください」と図面をつけて掛け合えばいいのである。それが土木業界にも理解される言語なのだから。

動物学の面白さ、知的興奮を伝え続けて来た氏が、さらに「人間にとって自然とは、共存とは」を問うのが、本書である。

執筆者:松原始(まつばら・はじめ)
1969年、奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館・特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』などがある。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。


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