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【読書感想文】蛇の血をすすり死を楽しむ姫に、耳男は何を刻んだのか?『夜長姫と耳男』

夜長姫と耳男は、坂口安吾が1952年に発表した短編小説です。主人公は、飛騨の匠の弟子である耳男は、長い耳と馬の顔を持つ不思議な青年。彼は夜長の里の長者の娘、夜長姫のために仏像を彫ることになりますが、姫に馬鹿にされて頭に血が上り、おどろおどろしい化け物の像を彫ることを決めました。しかし、姫はその化け物の像を気に入り、耳男に惹かれていきます。耳男は姫の笑顔を刻んだ弥勒像も彫りますが、姫はやがて村を襲う疫病に倒れた村人たちの死を楽しみ、蛇の血をすすり始めるのです。耳男はこの世界から解放されようと、姫を殺そうとするのですが・・・

この本のテーマは、美と醜です。自分の容貌を恥じる耳男に対し、美しい顔と醜い心を持つ夜長姫。耳男は姫の笑顔を美しいと感じますが、その笑顔は死と破滅を喜ぶものです。そして、耳男は化け物の像を彫りますが、それは村人たちに神として崇められます。このように、本書は美と醜の相対性と矛盾性を描いています。

この本を読んで、私はそこはかとない恐怖を感じました。恐怖とは、夜長姫の残酷さと狂気に対してです。姫は耳男の耳を切り落としたり、蛇の血をすすったり、村人たちの死を楽しんだりと、自分の欲望のままに生きており、他人の命や感情を全く尊重しません。さらに、耳男を愛していると言いますが、それは自分の所有物としての愛です。挙げ句の果てに、姫は耳男に自らを殺すことすらも許しますが、姫は死ぬまで笑っており、狂気に満ちたその笑顔は恐ろしいだけでなく、美しさすら感じさせるのです。

本書で描かれた耳男と姫の関係は、愛と憎悪の狭間で揺れ動くものでもありましょう。彼らは互いに惹かれ合いながらも、互いに傷つけ合い、互いに理解しようとしながらも、互いに拒絶します。こうした、人間の感情の複雑さと不可解さを見せてくれるところが本書の類を見ない特徴だと感じました。


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