見出し画像

仕事終わりの夜のはなし


 平日、夫よりも先に帰ってきたり、あるいは私だけが在宅勤務をしていることが多いので、夕ご飯の支度をしているときはもっぱら一人である。仕事がある日においては、この一人で料理している時間が一番楽しい。仕事をしている時間は楽しいとは言いがたいけれど、この料理の時間があることで、一日をいい気分で終えられることが多い気がしている。
 献立は朝や昼間に考えておくことが多いので、料理に取り掛かるときには作るものが決まっている。料理の手順はだいたいいつも一緒。メインで使う肉や魚を室温に戻すために、冷蔵庫からそれらを取り出し台所の上におく。次に汁物をつくる。スープでも味噌汁でも、とにかく煮込めばいいわけでないことはわかっているのだが、どうしても長い時間煮込むと美味しくなるような気がして、最初に作り始めてしまうのだ。(結果、私の作るスープは具の野菜がぐずぐずになっていることが多いのだけど、それはそれで美味しいと思っている。)大き目の手鍋に水をはり、まず火にかける。そのあと、野菜やら何やらをわたわたと切りはじめて、鍋にどこどこ投入する。そこまでするとやっと落ち着くので、汁物を放っておいて他のおかずにとりかかる。
 

 私は、料理の合間にお風呂に入るのが好きである。料理の下ごしらえをある程度進めたら、いったんお風呂に入ってのんびりする。下ごしらえというのは、たとえば味噌汁なら味噌を入れる前の状態にするとか、スープなら沸騰させて具材にあらかた火が通った状態にするとか、あるいは煮物ならある程度煮終えて味をしみこませる段階にするとか、である。ステーキや魚の塩焼きのように、あらかじめ塩をふっておく料理や、生姜焼きや照り焼きのように下味をつける料理の場合も、お風呂の前に準備を済ませておく。あとは、時間を置くことで美味しくなる(と思われる)ものも、お風呂の前に作っておく。
 熱い湯舟につかりながら、ポン酢醤油やわさび醬油につかった野菜たちが、冷蔵庫の中でどんどん美味しくなっているのを想像するのは楽しい。何か他のことをしている間に物事が勝手に進んでいるというのは気分がいいものだ。普段、何においても段取りが上手とは言えない私だけれど、料理の間に別のことをする時間をはさむことで、まるで自分がとても効率的に物事を進められる人間になったような気分になる。そして、お風呂でのぼせる直前まで体をあたためたあと、再び台所に戻って続きにとりかかる。塩やタレでしっかり味のついた肉(魚)を焼いたり、汁物の鍋をあたためたり、レタスの水を切ったり、卵をいためたりするのだ。料理も私もほかほかとあたたかくて、満たされた気持ちになる。


 今日の献立は、鶏むね肉のソテーと付け合わせのレタスにプチトマト、春雨と椎茸とズッキーニのスープ、キュウリとズッキーニとにんじんのポン酢醤油あえ、作り置きの里芋と昆布の煮っ転がし、たくあんに決めた。鶏むね肉はまるくて大きな状態のまま、塩コショウをばさばさ振りかけておいておく。手鍋に水を張り、乾物の春雨を入れて火にかける。ズッキーニと椎茸を薄く切って春雨の鍋に合流させ、鶏がらスープの素と醤油とごま油と酒で味付けしたのち、放っておく。室温にもどった鶏むね肉を、皮を下にしてフライパンに乗せ、弱火にかける。油はそのうち肉から染み出してくるのでいらない。鶏肉のフライパンはそのまま放置し、今度はキュウリとにんじんをスライサーで薄く切る。スープの残りのズッキーニも同様に薄く切る。スライサーの上でキュウリをすっすっと滑らすと、シャッシャッシャッという小気味よい感覚が手に伝わってきて楽しい。にんじんは、ほとんど透けるような薄さになり、夕焼けに染まったガラスみたいだ。すっかりぺらぺらになった野菜たちをボウルに入れて、ポン酢醤油と粉末のかつおだしをたっぷり振りかける。そのころにはスープは一度沸騰して、アルコールがすっかりとんだ酒が全体をまろやかな味にしてくれる。フライパンでは、鶏むね肉の皮から染み出した油がジュウジュウ言っていて、音だけでもおいしそうだ。ポン酢醤油につかった野菜を冷蔵庫にしまい、コンロのすべての火を止める。そして、ちょうどよく湧いているお風呂へ向かう。今日もたぶん、いい一日だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?