見出し画像

とあるおかみさんのくしと、だんなさんの大きな手

今朝、傘をさして歩いていたら、一軒家の居間の窓辺にでっぷりとした柴犬がおり、こちらに尻を向けて座っていた。柴犬の両脇には夫婦がおり、おかみさんもだんなさんも柴犬を愛おしんでいる。

おかみさんはくしを持って柴犬のその密な毛をとかし、とかしたそばからだんなさんが大きな手でその毛を撫ぜる。おかみさんはとてもゆっくりと毛をとかし、だんなさんはそのスピードに合わせてとても丁寧にその毛を撫ぜた。

柴犬はふてぶてしい顔をして、そのでっぷりとした体をおかみさんとだんなさんに預けている。

なんの不自由もない、とても贅沢な柴犬。あるいは、全てを受け入れると決めた貫禄の姿なのか。

何もない庭の、柵のない境界線を僕は傘をさして歩いていた。風もなく真っ直ぐに細い線を描き、地面をそっと叩く雨。

柴犬は僕の目にとても羨ましくうつった。

夫婦の真ん中を取り持つ柴犬。
君には何も出来ないが、それが最大にしてこの上のない夫婦の歓び。

真っ直ぐに、そしてしずかに傘を打ちつける雨。
僕はおかみさんにもだんなさんにも気付かれないように、なるべくゆっくりとその場をはなれることにつとめた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?