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【第51回】改めて表現の自由とは何を保障しているのか④ #山花郁夫のいまさら聞けない憲法の話

知りたいことを教えてくれない記者たち

議員として記者に接していると、いろいろな情報を教えてくれることもある半面、こちらが知りたいこと、肝心なことになると、途端に教えてもらえず、しかも、当然でしょ、という態度をとられることがありました。まぁ、こちらもそういうものだよね、と思っているので、いじわる、とも思いません。

実は彼ら、彼女らには一定のルールがあって、すでに公表されている事実については、「なに、それ?」と聞けば、すらすらと答えてくれます。自分も、できる限り情報の取得には努めてはいますが、「さっき、時事通信のニュースで配信されてましたよ」というような、リアルタイムの情報の場合ですと、記者のほうが情報が早い場合は少なくありません。

ところが、まだ公表されていない情報の場合、「何で知ってるの?」と尋ねても、だれが言っていたとか、どこから仕入れた情報か、ということについては内緒にされます。時として、彼らが仕入れた情報の裏付けをとるために私に聞いてきている場合もあります。

もし、記者がこのことについて喋ってしまうと、取材元に還流する可能性があります。たとえば、記者が「Aさんから聞きました」とばらしてしまい、私がA氏に対して抗議したとします。A氏は二度とこの記者の取材に協力しなくなるでしょう。ですから、一定の場合、取材源の秘匿は、時として記者の職業倫理となっています。

裁判になったときも、拒否できるか 証言の場合①

問題は、取材内容が刑事事件や民事事件になった場合であっても、取材源を秘匿することができるか、ということです。

正当な理由がなく宣誓又は証言を拒んだ者は、1年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。

刑事訴訟法第161条

日本国憲法制定間もないころですが、宣誓・証言を拒んだため証言拒絶罪に問われた事件で、憲法第21条は「取材源について、……証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができない」とした最高裁判例があります(最大判昭27.8.6)。

裁判になったとき、拒否できるか 証拠の提出の場合

取材源を「言わない」というだけでなく、取材の過程で取得した資料の提出を拒否できるか、というのも同様の問題をはらんでいます。

ニュースやドキュメンタリーで、顔が映らないようにして、音声を変えて証言している映像はご覧になったことがあると思います。もしこの供述が、犯罪捜査の重要な資料だから、ということで提出を命じられて、メディアが物分かり良くホイホイと提出するようなことがあれば、こんな取材に協力する人はいなくなってしまいます。貴重なスクープは失われ、社会全体にとっても損失になりかねません。

ただし、裁判で争われたのは、このように分かりやすいケースではなく、もう少し微妙なケースでした。

時は昭和43年、アメリカの原子力艦艇の佐世保寄港への反対運動に参加するため、博多駅に下車した学生約300人が、機動隊と衝突しました。この時の機動隊などの行為が、特別公務員暴行陵虐罪(刑法第195条第1項)、公務員職権濫用罪(刑法第193条)にあたるとして告発されましたが、不起訴処分となりました。

刑法のこれらの罪について告訴又は告発をしたのに、不起訴となったことに不服の場合には、地方裁判所に、審判に付することを請求できるとされていることから(刑事訴訟法第262条第1項)、その請求がなされました。

法律用語が続きましたが、平たく言えば、エンタープライズ反対闘争に際して、学生が機動隊から乱暴を受けたのに、検察が起訴してくれないから、地方裁判所にちゃんと事件として取り扱え、と訴えたものです。

福岡地方裁判所は、この事件の審理のために、民放3社とNHKに対して、「状況を撮影したフィルム全部」の提出を命じたのに対して、民放3社とNHKが、表現の自由に違反するとして争ったものです。

最高裁は、「……報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない」としたうえで、公正な刑事裁判の実現のためには制約を受けることがあるとしつつも、「取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべき」としました。そしてこのケースでは、被疑者および被害者の特定すら困難な状態であるのに対して、「報道機関が蒙る不利益は、報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまる」として本件フィルムの提出はやむを得ないのだ、という決定をしました。(最大決昭44.11.26)。

この決定ですが、「将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまる」としています。しかし、将来の取材に対する影響こそがまさに問題なのであって、この点を過小評価していないでしょうか。少なくとも、モザイクをかけるなどせずにすでに放映されている映像と、放映されなかったフィルムについては、別に考えるべきではないでしょうか。具体的に何が映っていたかは不明ですが、「状況を撮影したフィルム全部」の提出というのはいささか広汎にすぎるように思われます。

ただし、最高裁はいろいろなことを比較考量して決めるのだ、としていますから、取材の過程で取得した資料の提出を拒否できることが認められる場合もあり得ると読める決定です。

裁判になったときも、拒否できるか 証言の場合②

さて、時は下って平成18年、最高裁は民事事件において、「取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」として、取材源は「職業の秘密」にあたり、証言拒否を認めるまでに至りました(最決平18.10.3)。そして、取材源の秘密が保護に値するかどうかの判断要素として、さまざまなものを上げていますが、「……将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容……」ということを挙げています。

第197条1項 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
(1号・2号略)
3号 技術又は職業の秘密について尋問を受ける場合

民事訴訟法

まとめ

ここでも、取材源の秘匿の問題について、その評価が固定的ではなく、次第に高まってきたことを見て取ることができるのではないでしょうか。

この問題について、「取材源の秘匿」ということが争われたケースでしたから、秘匿をする主体であるメディア関係の人たち、特定の人たちの問題と思われている方もいるかもしれません。

しかし、構造としては、内部告発者の保護と同じといえます。もし、内部告発をした人をあとで暴露しなければならない場合があるということになると、いくら、「不利益は与えないからね」と言われても、告発は萎縮してしまい、不正が是正される機会が失われることになります。これは社会にとっての損失といっていいでしょう。
ここでのポイントは、取材源とされる人、内部告発をした人にとっても、「匿名性の保障」が必要だ、ということです。取材源の秘匿の保障というのは、匿名性の保障という意味では同様であって、決してメディアだけの問題ではないと考えられます。

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