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SF笑説「がんばれ!半田くん」 ② プロローグ

  ぼくの名前は、半田ライム。友達はみんな「半田くん」と呼んでいる。山口県萩市にある美怜小学校の5年生だ。お父さんもお母さんも優しくて、お小遣いも少しだけもらっている。妹はちょっと生意気だけど、可愛いところもある。僕たちの家は、萩市福井上の半田地区にある。昔この辺りが福栄村だったころ村立の半田小学校があったけど、人口が減って過疎化が進んだ今は、美怜小学校のある萩市街地までバスで通わなくちゃいけない。通学は時間がかかるけど、近所のおじさんやおばさんとバスで一緒になることもあるし、途中で友達が次々と乗ってくるから、通学は楽しい時間でもあるんだ。僕たち家族が、半田地区を離れないで、ここに住み続けているのには、ちょっとした訳がある。「ちょっとした」と言ったけど、本当はちょっとどころではなくて、とっても壮大な理由なんだよ。その壮大な話をこれからしてみようと思う。長くなるけど、聞いてくれるかな?

 僕の家のある半田地区には、石灰岩という白い石がところどころに出ているんだ。道沿いにあったり、山や畑のところで見かけたりもする。茶色の土や緑色の草木とははっきり区別できる色だから、すぐにその石だと気づくことができる。僕は小さいときから、この石ばかりみていたから、世の中の石はみんな白いものだと思っていたけど、美怜小学校の同級生の笠山 椿ちゃんの家の近くの石は黒くて、プツプツ小さな穴がたくさん空いていたりして、僕の家の近くの白い石とは大違いだ。小学校の遠足で秋吉台に行ったら、同じように白い石がたくさんあって、「あれも石灰岩だよ」と引率の指月先生が言っていた。指月先生の家の近くにも白い石があるけど、それは石灰岩とは違う石らしい。世の中には、いろんな石があるだって、小学校に入って初めて知ったんだ。でも、やっぱり僕の家の近くの白い石灰岩は、僕にとっては特別な石なんだ。僕の名前のライムも、石灰岩を英語でいうとライムストーンというらしく、石灰岩にちなんで名付けたって、お母さんが言っていた。

 学校が終わって家に帰ると、お父さんもお母さんも、仕事からまだ帰っていない。妹のさざれは、お人形とままごと遊びに夢中だ。家の近くには友達がいないので、僕はひとりで田んぼでザリガニを捕まえたり、川で魚釣りをしたりしていた。でも僕は動物が苦手で、ザリガニには指を挟まれるし、釣った魚を針から外せなくて、指に針がささったりする。だから僕の指はいつも絆創膏だらけだ。そんな訳で僕は最近、道ばたに出ている白い石灰岩の前でじっと石を眺めていることが多くなった。学校から帰って日が長い夏の夕方などは、2時間でも3時間でも石灰岩と向き合っていることが多い。晴れた夏の夕方、帽子も被らずにじっと石を見ているだけでも、夏の終わりにはすっかり日に焼けて、まるでサッカー少年みたいに真っ黒になるけど、実はじっと石をみているだけだから、足も速くならなければ、サッカーもうまくなっていない。秋の運動会も、日焼けしているから運動神経抜群だと期待されるけど、徒競走もリレーもいつもビリだ。石灰岩転がし競争でもあれば、優勝できたかもしれないけど、残念ながらそんな競技はなかった。

 ある日不思議な出来事が起こった。それは、いつものように石灰岩をぼーっと眺めているときだった。目の前の白い石が、こころなしか少し光っているような気がした。左手の袖で目をこすってもう一度見てみると、やはりいつもより明るくて、内側から光が漏れている提灯のように明るくなっているようだった。手をかざしてみたけど、別に暖かくなっている訳ではなさそうだった。そうっと触れてみると、いつものように硬く冷たい石の表面ではなくて、雲のようにふわっとしていて、手がすっと手首まで入っていった。ビックリした僕は、急いで手をひっこめると、手はなんの変化もなくて、もとのままの僕の手だった。「不思議だなぁ?」そう思った僕は興味本位で、もう一度石に左手を入れてみた。やはりふわりとした感触で僕の左手はすんなり石灰岩の中に入っていった。目を石の表面に近づけてみると、僕の左手は石の中にあって、その先には明るい道のようなものが続いていた。「道があるということは、歩いていけるのかな?」そう思っった僕は、今度は左の足をふんわりした石の表面から差し入れてみた。僕の左足は、手と同じようにすっと石の中に入っていき、石の中の道らしきものの上で止まった。ここまで来ると、怖さより興味の方が勝ってきた。僕は、右手と右足を石灰岩の表面から差し込むと、続いて頭、そして体全体を石灰岩の中に入れていった。

 僕はその瞬間、石灰岩の中に入っていた。振り返るとさっきまで立っていた石灰岩の前にあった道がぼんやりと見えている。その先には、沈みかかった太陽と夕焼けがすこし霞んだように広がっていた。びっくりした僕は、急いで元いた道に引き返そうと思い、石の表面から外に出ようとしたが、石の表面はボヨンと柔らかかったけど、僕は外に出られなかった。「おとうさーん!おかあさん!さざれぇ!」家族の名前を必死に呼びながら、石の表面を何度も押してみるけど、何度試みても、僕は元の世界に戻れなかった。僕は好奇心で石の中に入ったことを心から悔やんで、そして、泣いた。