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SF笑説「がんばれ!半田くん」       ③ カルシウムくんとの出会い

どのくらいの間泣いていただろう?涙は枯れて、声もガラガラ声になってしまった。とはいえ、ガラガラ声で話す相手もいないのだから、さらに寂しさが増してくる。

「家では、お父さんやお母さんが探しているんだろうなあ。心配して、泣いているかもしれない。妹のさざれは、何が起こっているかわからなくて、きょとんとしているだろう。警察に届けが出て、半田地域の人たちみんなが探しているかもしれない。」

やさしい両親、生意気な妹、近所のおじさんやおばさんの顔が浮かんで、申しわけない気持ちでいっぱいになった。

「僕はここにいるよ。」

そう叫んでみたけど、白い石灰岩の中で、僕の声はボワンボワンとこだましながら、むなしく響くだけだった。

 元の場所に戻れないとしたら、この白い帯のような道の上を先に進むしかない。そう思い定めたのは、涙が枯れ果て絶望の縁に沈んでから、何時間も経ってからだった。「これは、僕の大好きな石灰岩が導いてくれた冒険なんだ。きっと何か意味があることに違いない。」そう考えたのだ。

 僕は、右手を右膝において、すくっと立ち上がった。顔を上げて、前を向いた。左足を一歩、そして右足を一歩、先へ進めた。背筋を伸ばして腕を振って、膝を伸ばして大きな歩幅で歩きはじめた。お父さんにいつも言われているように、足の小指側を道らしきものに降ろして、親指側で蹴るように帯のように伸びた白い道の上で前に歩を進めた。もちろん、胸を張ることも忘れてはいない。左足と右足を交互に出すことをやめなければ、僕は前に進めるし、前に進む間は自分が生きていることを確かめられる。おとうさんからいつもそのように教わってきた。だから僕はいつものように背筋を伸ばし、大きく手を降って、白い道の上をゆっくりと歩き始めた。

 白い道はそんなに長く続かなかった。道は白から次第に淡い灰色になり、周囲も次第に暗くなってきた。そして、ふと気づくと僕は暗闇の中に浮かび、足元には道らしいものがなくなっていた。道がなくなったからといって、暗闇の中に落ちていくわけではなく、暗闇の中でふつうに立っていられた。不思議な感触だった。僕は、暗闇の中で呆然と立ち尽くしていた。そのときだった。不思議な白い球体がスーッと僕の方に近づいてきた。

「半田くん、こんにちは」

その球体は、急に話しかけてきた。

「こっ こん にちは」

突然話しかけられて、びっくりした僕は、戸惑いながらも返事をしてしまった。はたして返事なんかしてよかったのだろうか?

「きみは だれ?」

僕は、その不思議な球体に名前があるか無いかなどは考えることもしないで、名前を尋ねた。

「ぼくは カルシウム。もちろん、これは名前じゃないよ、物質の名前だよ。学校で習ったでしょ?」

「あの牛乳に入っているカルシウムのこと?」

学校の給食で牛乳を残したときに、指月先生に牛乳に含まれているカルシウムは大切だから最後まで飲みなさいと言われたことを僕は思い出していた。

「そうだよ。カルシウムは人間の体にもっとも多く含まれているミネラルで、歯や骨にはたくさん含まれているんだよ。もっとも、半田くんは、石灰岩人間だから、カルシウムだらけだけどね。」

この白い球体は、突然とんでもないことを言い出した。

「えっ?僕って、石灰岩人間なの?それって、普通の人間と違うの?」

僕は、生まれて始めて、そんなことを言われて、本当に驚いた。僕は普通人間じゃないんだ。だから、石灰岩に興味があったのかな?

「そうだよ。半田くんのお家は、お父さんもお母さんも妹も、親戚も、祖先もみんな石灰岩人間なんだ。だから、肌が白くて綺麗だけど、雨に弱いでしょう?それは、石灰岩人間の特徴なんだよ。」

「確かに、雨に濡れると、ブツブツができて肌が荒れるし、雨には長い間当たらないように、いつもお父さんやお母さんから言われていた。普通の人は外出するとき日焼け止めクリームを塗るけど、僕はいつも防水クリームを塗っていたっけ。そういうことだったんだ。」

「実はね、僕は未来からやってきた君の守護球体なんだ。カルシウムには、貝の殻になるやつ、動物の骨になるやつ、甘いものをたくさん食べて虫歯になってしまう歯になるやつ、魚の骨になって生ゴミに捨てられるやつ、いろんなカルシウムがいるんだ。僕は、石灰岩人間である半田くんの守護球体として、未来から派遣されたんだ。」

「えっ?僕の守護球体?僕を守るためにタイムマシンに乗ってきたの?」

「僕らは、タイムマシンなど使わなくても、時間を超えて自由に旅ができるのさ。僕は、半田くんに、地球が生まれてから現在までの46億年のカルシウムの歴史を案内するためにやってきたんだ。旅が終わったら、元の時代に戻してあげるし、時間のずれを気にするならば、お土産に玉手箱もあげるよ。」

「玉手箱?あれって、おじいさんになるやつでしょう?やだぁ。おじいさんになったら、笠山つばきちゃんに会わせる顔がないよぉ〜」

「心配しなくても大丈夫。おじいさんにはならないよ。時間の調整をするだけさ。それに、今の顔でも笠山つばきちゃんの好みじゃないと思うよ。」

「え〜っ?ひどいなぁ。でも、どうして笠山つばきちゃんのことも知っているの?」

「それは、今同じ時刻に、笠山つばきちゃんも君と同じように46億年の旅にでかける計画だからさ。彼女もこの旅の参加者に選ばれたのさ。旅の途中でつばきちゃんに会えるかもしれないよ。」

「ええっ?つばきちゃんもこんな暗闇の中に漂っているの?可愛そうだよ。か弱い女の子だよ。大丈夫かな?助けにいってあげたいよ。」

「大丈夫。彼女は、元気にしているよ。それに楽しそうだ。助けてほしいのは、半田くんの方じゃないのかい?美怜小学校でいつも助けてもらっているじゃないか?」

「まっ、まあそうだけどね・・・」

 そういうわけで、このちょっと生意気な白い球体がこの暗闇を案内してくれるようだ。ちゃんと家に帰してくれると言っているから、信じよう。暗闇の中でどうしようもない状態に途方にくれていた僕は、少し安心をして、白い球体に目をやった。不思議な現れ方をした球体にビビっていたけど、さっきよりはこの球体が少し頼もしそうに見えるのが、不思議だった。

守護球体のカルシウムくん
石灰岩の中に入ってしまった半田くん。球体のカルシウムくんと出会う。