0から1を創り出すデザイン思考 ― 新たなイノベーション創出手法
デザイン思考とは何か
「デザイン」と聞くと、商品やパッケージなどの形態、図案や模様、レイアウトなど、美術的なイメージを思い浮かべることが一般的ではないかと思う。
本来の言葉の意味が「従来の記号(sign)の否定・分解(de)」と理解される通り、デザイン思考におけるデザインとは、より広義に捉えられ、イメージとしては、「設計」に近いニュアンスを含んでいる。
デザイン思考が注目を集め出したのは2004年ごろといわれ、2005年にスタンフォード大学にd.schoolが創設され、Business Week誌が“design thinking”と題した特集号を発行したことで一気に知られるようになった。そして2008年、ハーバードビジネスレビューにIDEO(アイディオ)のCEOであるティム・ブラウン(Tim Brown)が「IDEOデザイン・シンキング」を発表したのを契機に、ビジネス領域での関心が高まっていった。
日本はこれまで、生産や販売といった下流工程において強みを持っていた。しかし、上流工程となりコンセプト創造は弱い。つまり、何を作ればいいのか、作ったものをどのようにユーザーに届けるのか、といった点についてはあまり議論されてこなかった。
しかしこれからは、自ら問題を定義し、コンセプトを創造し、市場を創り出していかない限り、大きな収益を生み出すことは難しくなる。そこで注目を集めるのが、イノベーションを生み出すマネジメント手法である「デザイン思考」だ。
徹底した“人”“現場”へのフォーカス
デザイン思考は、アメリカのデザインコンサルティングファームIDEO社のコンサルティングノウハウから発展し、アップル(Apple)社の初期のマウスや、パーム社のPDA(Palm V PDA)、無印良品の壁掛け式CDプレーヤーを生み出したことで知られ、P&GやGE、サムソン、ノキアといった大企業が事業戦略に導入するなど、世界的に注目を集めている。
IDEOのCEOであるTim Brownによれば、デザイン思考は、「デザイナーの感性と手法を用いて、人々のニーズと技術の力を取り持つ」領域を専門とし、「実行可能なビジネス戦略にデザイナーの感性と手法を用いて、顧客価値と市場機会の創出を図る」ものと理解される(Brown, 2008)。
日本でデザイン思考を実践、研究から進める奥出直人氏は、「デザイン思考は顧客を発見し、その顧客を満足させるために何を作ればいいか、つまりコンセプトを生み出し、そのコンセプトをどうやって作るのか、さらには顧客にどのように販売するのかまでを考えるビジネス志向の方法である」(奥出、2012)とより具体的な定義を行っている。
簡潔に言えば、「観察から洞察を得て、仮説を作り、プロトタイプを作って、それを検証し、試行錯誤を繰り返して改善を重ねながらモノ(製品/サービス)を創り出す」創造的なプロセスだと理解できる。その際、“人”“現場”に注目し、観察を通じて、人々の行動や思考、コンテクストをありのままに理解することからスタートするところが特徴となる。
仮説検証型アプローチの限界
これまでの事業創造の現場では、マーケティングリサーチが重視されてきた。どこに問題があるのか、どこに市場がありそうか、どんなニーズを持っているかについて、過去や現状についての情報収集を行い、分析し、仮説を立案し、検証した結果を踏まえて、事業化を図る。いわゆる、仮説検証型のアプローチであった。もちろん、その手法自体は極めて有効なものであるし、事実、多くの成果を生み出してきた。
しかし、マーケティングリサーチは万能ではない。それが有効に機能するには、ある前提があることを理解しておかなければならない。それは、事前に解くべき問題が認識できていることである。アンケートを設計する前提には、何を聞くのか、アンケートによって何を明らかにし、何を確認するのか、が分かっている必要がある。つまり、課題が特定できており、立案した仮説自体がある程度正確であることが求められることになる。
しかし、課題が曖昧で仮説が立案しにくい場合には、仮説検証型のアプローチは適用が難しい。そもそもユーザーはどういう課題を抱えているのかが曖昧であったり、ユーザー自身も気付いていなかったりする場合や、問題が複雑で多様な要因によって生み出されており、特定することが難しいようなケースでは、仮説検証型のアプローチでは問題の根幹を明らかにすることは難しい。
馬車が走っていた時代、人々に、どんなニーズがあるかを聞いても、人々は「もっと早い馬がほしい」としか答えなかった。しかし、ニーズの本質は、「より早く移動できる手段」というものであった。
従って確かに、問題の本質やユーザーのニーズがすでにある程度把握できている場合には、マスを対象とした仮説検証型のアプローチが有効である。しかし、0から1を生み出すようなこれまでの常識やルールを書き換え、人々の価値観やライフスタイル、パラダイムを変えるような画期的なアイデアやサービスは、ユーザーの生活や経験に深くすみ込み、観察や体験を通じて洞察し、ユーザーの抱える課題やニーズを再定義することで生まれる。その際、有効となる手法の1つがデザイン思考だといえる。
「本来解くべき問題は何か?」を問う=問題開発
デザイン思考では、「どこに問題があるのか」「なぜ問題なのか」を明らかにするために、想定されるユーザーを観察し、共感を通じて潜在的な問題を探る点に特徴がある。「われわれが本来解くべき問題は何なのか」を問うことがスタートとなる。
スティーブ・ジョブスが「顧客は自分たちが欲しい物は知らない」と言ったとされるように、ユーザーが課題の本質を言語化したり、認識したりすることはまれである。スマートフォンが発売される前に、スマートフォンが欲しいと認識できていた人がどれだけいただろうか。しかし、ひとたび社会に投入されれば、それがない生活が考えられないほど、人々のライフスタイルに溶け込んでいく。
デザイン思考は、そうした人々のライフスタイルを変える、新しい文化を創り出すために、マスを対象とした定量的調査に先立って、個別具体的な現場を徹底的に観察・検証し、そこから得られたコンセプトが正しいかどうかを具体的なプロトタイプを作成してユーザーに使ってもらい、改善を繰り返す、地道なプロセスを重視する。
5つのステップを何度も回す
デザイン思考は、下記5つのプロセスに沿って展開されることが多いです。このプロセスを繰り返し行う事で、製品やサービスを完成へ導いています。
まず、デザイン思考は「人間中心」を原則としています。デザイン思考においての「共感」は、人々を理解する事を指します。このプロセスでは気づき、所謂インサイトを得る事を目的としています。 人々がなぜ・どのように行動するのか、ニーズは何なのかを、インタビューや観察などを通して探ります。そして、人々が本当に求めている事を見つけ出します。
「共感」のステップで得られたユーザーの意見や情報から、潜在的な課題やニーズを抽出します。その際に、その問題の発生している状況を整理し、問題の発生にはどのような要因があるのか、という事まで分析する事が必要となります。そこから、目指すべき方向性・コンセプトを確立するのが「問題定義」のステップです。
「問題定義」で設定された方向性を実現するために、アイデアを出すのがこの「アイデア創造」のステップです。ここでは、アイデアの「質」よりも「量」を意識してブレインストーミングを行い、チームのメンバーが思いついた事をとにかくアウトプットする事が大切です。
「アイデア創造」で出たアイデアで、チームの支持を集めたものをいくつか試作段階へ進めます。ここでは、低価格で早く作成できるプロトタイプを繰り返し作成します。そうする事で、様々な可能性を試す事ができ、経費や時間を節約する事も可能となります。
「試作」段階で作成したプロトタイプについて、ユーザーテストを行うのがこのプロセスです。実際のユーザーの意見を聞く事で、「問題定義」の段階で設定された課題を解決するものになっているのか、きちんと機能しているのか等を検証します。これを繰り返す事で、商品やサービスのブラッシュアップを行います。
デザイン思考では、この5つのプロセスを反復的に繰り返し、徐々に完成へと近づけていく非直線的なアプローチだ。例えば、検証の段階で当初想定した機能が提供できないと分かれば、もう一度コンセプト設定のために、問題定義の段階に戻ったりすることもある。
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