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波を見、波を聞きながら 宮本輝「幻の光」 を思う

4月11日に伊良湖岬に行って海を見てきました。春先の海はうねって波を立てていました。サーファーや、釣りびとが見えます。ザーという波の音を聞きながら宮本輝の小説「幻の光」を思い出していました。

小説「幻の光」の概要は、宮本輝の『幻の光』は、12歳のときに祖母が失踪した過去を持つ女性・ゆみ子が、夫の自殺後、奥能登の小さな村に住む男性と再婚し、過去の悔いと向き合っていく物語です。

ゆみ子はなぜ夫が自殺したのかという問いに悩まされます。死んでしまった以上問いただすことはできません。もう永遠に問いに答えを与える人はいません。ゆみ子はそれでもその問、謎を抱えたまま生きていきます。なぜ自殺したのか、なぜ何も話さず死んだのか、どうしたら止めることができたのか。残された人間には問が残されるのみです。

やがて再婚し奥能登にやってきたゆみ子は日本海の荒波の音を聞きながらも、問の声はやみません。

ふと気づくと、松本丸 と書かれた漁船が放置されている砂場の横でした。わたしは 防波堤の切れ目から砂浜に降り、 白い小さな漁船の傍ら まで歩いて行った。 前かがみになって 日本海 の突風をくぐっていきました。漁船に凭れ うねり 迫ってくる まっ黒な海を見ました。 マフラーも コート もちぎれ飛んでいきそうやった。 寒さも恐ろしさ もなかった。わたしは 打ち捨てられた漁船に張り付いたようになったまま、長い間 冬の海を見ていました。 海の揺れと一緒に、私の体も ぐらぐら揺れてました 。尼崎の、あのトンネル 長屋に帰っていきたかった 。もうどうでもええ、しあわせなんか欲しいない、 死んだってええ。 噴きあがっては はちぎれ 飛んでいく 大きな波と一緒に、そんな思いが、しきりに 胸の中で生まれてくるのでした。 私は子供みたいに大声で泣いてた。あんたが死んだということを、 私はそのときはっきりと 思い知ったの やった。ああ、あんたは何て寂しい かわいそうな人 やったやろ。 涙と嗚咽で、 私は顔を歪めながら、 いつまでも泣いていました。

宮本輝 幻の光

謎とは解かれるものではなく、ただ持たれるものです。ゆみ子は謎を抱えたまま波の音を聞きながら、今日も過ごしていくのです。

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