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珍手相

そういえば、フィジカルなズレでもうひとつ大きなのがあったのを忘れていた。

手相である。

手相と言うと、あなたはどのようなものを思い浮かべるだろうか。

手のひらの左右から、下に伸びる感情線、上に伸びる頭脳線が、交差せずすれ違いながら双曲線のように並び合っている、あの手相ではないだろうか。



私のそれはちょっと違っている。

感情線と頭脳戦が完全に一本の線としてつながっていて、手のひらの上を水平に横断する直線になっている。

人差し指と親指の間から、手首に向かってカーブを描く生命線と合わせると、右手のそれはひらがなの「て」の字そのものになる。

両の手のひらを並べてみると、右手に「て」の字、左手にその「て」で判を押したような鏡像が左右対称に並ぶ。両の手のひらの上を一本の長い直線が横断していて、なかなか美しいと思う。


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写真がダサいが勘弁して欲しい。スマホで自分の手のひらを撮るのはなかなか難しいのだ。

小さいころは、みんなも私と同じくこういう手のひらをしていると思っていた。すべての人は皆それぞれ手のひらに真っ直ぐな線を持っていると思っていた。なにせ自分の手のひらがそうなのだから。小さい頃は自分こそが世界の標準であり、スタンダードであり、認知の礎だった。

たまに友達の手をみて、そこに手のひらをスッと走るきれいな直線がなく、跳ね回るような何本かの曲線をみたときは、なんて変な手の模様だろう、あんなにいっぱい曲がった線があって、クシャクシャで、猿の手みたいだ、と思っていた。周りは猿の手の子ばっかりだった。私と同じ直線を持った子とは、ついに出会うことはなかった。またひとつ何かがズレる、耳には聞こえない音がした。



小学校高学年くらいになって、この手相が「ますかけ」という珍しいものだと知った。曰く「大変な強運の持ち主」「大振りで、成功と失敗の振れ幅が大きい」。へえー、と思ったが、調べて見ると父も弟も同じ手相の持ち主だった。「望外の強運」「選ばれし運命の子供」「手相に封印されし光と闇のチカラ」などなどの中2オプションを期待した私だったが、ただの遺伝じゃんということでたいへん落胆した覚えがある。

ただ、父も弟も「ますかけ」状態なのは片手のみだった(ちなみに私の息子も片手のみのますかけ者である)。自分のように両手ともますかけの者は大変珍しいということだった。なお、Wikipediaで「ますかけ」をひもといてみると、


ますかけ線
別名・猿線、百にぎり。感情線が平坦になり、知能線と生命線の起点に繋がった状態になること。知能線を有するとますかけ線ではない、という説もある。運勢の浮き沈みが激しくなり、人から見ると強情で融通の利かない人とみられがち。しかし、つかんだ運は絶対にはなさないとも言われる縁起の良い相とも言われる。ギャンブルに強かったり、危機的状況で底力を発揮。徳川家康の左手はマスカケ線であった。なお、ますかけ線は珍しい相といわれるが、片手のみますかけ線の人はよく見かける。ただ、両手ともますかけ線の場合は珍しい。(後略)


なんのことはない。猿の手なのは私の方なのだった。運勢についても当たっているような、いないような感じではあるが、では自分のこれまでの生涯が強運に恵まれていたかというと、ちょっと微妙なところではある。類まれなる才能には恵まれなかったし、家は金持ちでもなければ、貧乏というわけでもない。中学生のころまでは勉強もよくできたが、高校に入ればタダの人となった。受験と就職に苦労しなかったのが幸運といえば言えるが、入れた大学は第二志望だった。とりたてて大きな成功は掴まない代わりに、とりたてて大きな不運もなかった。(中の上くらいの不運はあるにはあった)。なお、ギャンブルはとても弱い。



息子が生まれたとき、私の母は孫の手のひらをみて「あら、ますかけだねえ」と嬉しそうに言ったのだが、そのとき自分がますかけの運勢について「成功と失敗の振れ幅が大きい」と説明すると、

「手相もあんまりアテにならんねえ」

としみじみ言うのだった。その時私はなぜかちょっと傷ついたのを覚えている。そうはいうけどお母さん、おれはこの子が生まれるまで大病もせず真面目に働いて家庭も持って、なんとかうまくやってきたんだよ。この人生、ちょっとは運に恵まれてたとは思わん?なんせ珍しい手相なんだから。いまあなたが抱いているこの赤ん坊にしたって、この手相があったからこそ無事健康に生まれてきたかも知れないんだよ?



いやそれはちょっとオーバーだった。言い過ぎた。しかし。しかしである。人生も後半に差し掛かったいま、いまこそますかけ線はその実力を発揮してもいい頃なのではないか。具体的には宝くじで3億当たる、助けたおじいさんが福の神だった、実家の庭から埋蔵金が出た、書いた本がベストセラーになった、などの各種強運についてはいつでも受け入れ可能であるので、可及的速やかにますかけ線はのびのびとその運勢を爆発させていただきたいと思う。よろしくお願いします。



…と思ったが、しかしうっかりマイナス方向に爆発する可能性もある訳で、知らぬうちに保証人にされて3億の借金を背負った、助けたおじいさんが貧乏神だった、実家の庭から不発弾が出た、書いた本が返本の山、などの方向性でのびのびされても困るのであり、やはりここは今まで通り平々凡々な感じで実力を発揮してほしいと思う。

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