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山田動物園のおはなし 「やせてしまったバク」

『やせてしまったバク』

山田動物園に、ある重大な問題が起こっていた。
それは、「バクがやせてしまった」こと。

本来は丸丸と太っているはずのバクが、風船がしぼむように、どんどんやせてきている。
バクのことが心配になった動物たちは、話し合いの場を設けることにした。山田動物園の動物たちは、朝9時から夕方5時までは人間たちに姿を見せるという仕事をしているため、閉園後の5時半に、動物用公民館に集合した。ほどなくして、バクがよろよろとやってきた。

動物たちは、バクの姿をまじまじと見た。針でつつくと爆発しそうだったピチピチの体は、すっかり中身が少なくなって、皮膚はしわしわ。小さかった目は、さらに小さくしょぼしょぼとし、あけているのもつらそうだ。短い足も小枝のように細くなり、体を支えるのもやっとのようす。

生活保健委員長であるライオンが、代表してバクに質問をした。
「バクさん、どうしてそんなにやせてしまったのですか? お体の具合が悪いのですか?」
バクは、弱々しく答えた。
「おなかがすいているのです」
「おなかが?」
「エサが足りないのです」
「バクさんのエサというと……夢ですか」
「はい、夢不足で、こんなになってしまいました」

バクは、みんなが眠っているときに見る夢が、唯一の栄養源である。草食でも肉食でもなく、夢食。その夢が足りなくなって、バクの体はしぼんでしまっていたのだ。
ライオンは、動物たちに聞いてみた。
「みなさん、最近夢をみましたか?」
動物たちは、うん、とも、ううん、ともすぐには答えられなかった。見たような気がするし、見ていないような気もする。

バクは、かぼそい声で続けた。
「夢は夢でも、良い夢でないと、おなかに溜まりません。悪い夢を食べると、胸やけがしてしまう。みなさんに眠ってもらって良い夢を見ていただかないことには、私は、私は……」
そう言うと、よろめきながら家に帰っていった。

残された動物たちは、昨今の睡眠事情について話し合った。よくよく考えてみると、眠りは浅く、目覚めもよいとは言い切れない、という意見が大半だった。
ずっと寝ているようにみえるコアラでさえ、
「うつらうつらしているだけで、夢を見るほど深くは眠っていない。睡眠不足かもしれない」
とのこと。
それぞれが、本来の出身地とは違う気候で暮らしており、生活のリズムは狂いがちである。開園時間であっても夜行性の者は気兼ねなく眠っていい、ということにはなっているが、お客さんの視線を感じると、ついサービス精神が顔を出し、のそりと動いたりしてしまう。

ライオンは、皆に呼びかけた。
「野生のカンをとりもどし、おのおのにとっての規則正しい睡眠を心がけよう」

バクのエサである “ 良い夢 ” を生産するために、プロジェクトが動き出した。

まずは、バランスのとれた食事と、適度な運動。
出されたエサは残さず食べること。エサがもらえるからといってサボらずに、野生と同じくらいの運動を心がけるようにした。
南国系の動物たちの「寝るとき寒い」という不満を解消するため、水鳥たちに協力をあおぎ、軽くて温かな羽毛布団が支給された。
また、カバ園長から人間の園長にお願いし、羊の数を増やしてもらった。眠れないときに羊の数を数えようとしても、現状の2匹では、あっというまに終わってしまう。3ケタいきたいところだったが、ここは牧場ではなく動物園なので、7匹が限界であった。そこで、できるだけ似ている羊に来てもらい、一カ所に集まって、もぞもぞと動いてもらうようにした。そうすれば、すぐには数えられない。

こうしたさまざまな取り組みにより、動物たちは、じょじょに睡眠が得られるようになってきた。
再び寄り合いがひらかれた。
バクは、以前よりも、いくぶんふっくらしていた。
「みなさんのおかげで、良い夢が食べられるようになってきました。ありがとうございます」
「いえいえ、お礼を言いたいのは私たちです。本来の生活リズムをとりもどしました」

動物たちは、バクに感謝していた。
快適な睡眠により皮膚はつやつや、毛並みはふさふさ、運動をするのでエサもおいしくいただける。はつらつとした動物は、人間たちにも好評で、顧客満足度も急上昇している。

「でも」
と、カバ園長が口を開いた。
「まだまだだな」
みんなは今一度、バクを見た。多少ふくよかになったとはいえ、以前のはちきれんばかりの丸みには、まだほど遠い。
バクは、申し訳なさそうに言った。
「実はこれまで、動物だけでなく、人間の夢も食べることにより、あのボディを維持していたのです。動物のみなさんには良い夢を見ていただいて大変ありがたいのですが、人間の分がまだ不足しています。やや胸やけもします」

それを聞いたライオンは、山田町保健センターに連絡をとった。
「山田町の人間のみなさんが良い夢を見ていないので、バクがやせてしまったのだが」
センター長は、
「それは大変だ! 町民にとってもバクさんにとっても由々しき問題である」と返答し、すぐさま山田町議会にかけられた。

町長をはじめとする全議員の賛成により、バクのため、山田町民のために、快適な睡眠をとり良い夢を見ようという「やまだ夢プロジェクト」が始動した。
まず心がけることは動物と同じく、食事、運動、早寝早起き。
そして、心配事やトラブルを減らすこと。不安なことがあったら良い夢は見られない。ご近所で声をかけあい、ケンカは禁止。事件や事故をなくすために山田交番はパトロールを強化し、町民の安全によりいっそう気を配るようにした。
山田布団店、ヤマダベッド、枕専門店YAMADAは、一斉セールを行い、商売にはげんだ。
山田八幡宮の宮司は、「町民が、清潔で美しく健やかな毎日を送り、良い夢が見られますように。バクが太りますように」と神様に願った。

動物たちは人間の園長さんに頼んで、山田町民に、山田動物園割引券を配布してもらった。
自然にかこまれる動物園でたくさん歩き、自分たちの姿を見てなごんでもらい、睡眠を促そうというはからいであった。そのためにも、動物としてできるだけ愛くるしくあろう、と努力した。動物園にやってきた人間は、動物を見て癒され、かたまってもぞもぞと動き続ける羊たちを記憶にとどめ、眠れない夜は、その数を数えて眠った。

動物と人間が一体となって取り組んだ「やまだ夢プロジェクト」により、動物たちはかわいらしくなり、人間たちはスリムになり、バクはみるみる丸くなっていった。夜行性の者は昼に、昼行性の者は夜にぐっすり眠る習慣がついたので、バクは昼夜問わず、いつだっておなかいっぱいだ。
今にも空に浮いてしまいそうな膨れあがったバクを見て、動物も人間も安心し、さらに良い夢が見られるようになった。
満腹のバクも、バクのおかげで健康になったバク以外の動物と人間も、お互いに、「ありがとう」と思った。

おしまい。

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