見出し画像

山田動物園のおはなし 「ワニとニワトリ」

『 ワニとニワトリ 』

山田動物園の開園時間は、朝9時から夕方5時まで。

そのあいだ、人間の飼育員たちは「動物の世話をする」という仕事をして、動物たちは「人間に生態をみせる」という仕事をする。人間たちが家に帰ると、動物たちは、オリから出て、園内を自由に行動することができる。アフターファイブからビフォアーナインにかけては、体を休めるもよし、サイドビジネスにはげむもよし、類のちがう友と遊ぶもよし。

そんな自由な気風の動物園のなかで、ひときわ自由を謳歌しているのは、ワニだった。
つがいや家族で飼育されている動物も多いなか、オスのワニは、独身である。それは、本人の望むところでもあった。おしゃべりするのが得意でなく、動物づきあいが苦手なワニは、ひとり静かにすごすのが好きだった。都合の良いことに、見た目のおかげで、親しくしようとわざわざ近寄ってくる輩もいない。ワニは、自由時間になっても、どこにも出かけず誰とも会わず、自宅を快適にすることに情熱をそそいでいた。

ワニの家は、沼。
沼は、泥と水のバランスにこだわって、視界がぼんやりするくらいに、ほどよくにごらせる。庭である陸地には、おなかに適度に刺激をあたえる不揃いの砂利を敷き、植物はうっそうとする一歩手前でかりとる。自分のためだけの心地よい住まいに、ワニは満足していた。

ずっとひとりぼっちで誰ともしゃべることはないけれど、ワニは、さみしくもなく、情報に飢えることもなかった。
それは、朝の身支度の時間に、小鳥たちがやってくるから。
早朝、ワニは沼から陸にあがり、太陽の光をあびて体を殺菌する。そのとき、口を大きくあけると、食べ残しを目当てに、小鳥たちがやってくる。小鳥たちは、ワニの口のなかで朝ごはんを食べながら、ピーチクパーチクと動物たちのうわさ話に花を咲かせる。ワニは誰ともおしゃべりすることなく、小鳥たちから最新の情報をキャッチすることができるのだ。口のなかがさっぱりするうえに、さみしくもならない。ワニにとって大切な、至福のひとときであった。

そんな幸せな朝の時間が憂鬱になってきたのは、ここ数日のことである。
ワニの庭には二羽のニワトリがやってくるようになった。
二羽のニワトリは、おしゃべり好きな双子の姉妹。朝いちばん、太陽が顔を出したところで、動物園じゅうに響きわたるカン高い声で「コケコッコー!」とひと鳴きすれば、彼女たちの役目はおわり。ひまを持て余した二羽のニワトリは、ワニの庭にやってきては、口のなかにいる小鳥たちを相手におしゃべりするようになった。

しゃべることは、どうでもいいようなことばかり。
「あんたに似合うパジャマは赤パジャマだ、いや黄パジャマだ、やっぱり茶パジャマだ」
とか、
「スモモもモモもモモのうちなんだから選り好みせずについばみなさいよ」
とか、
「となりの客はよく柿食う客だと思ったらサルがカニに柿をなげていた」
とか、顔のそばまでやってきて、うるさいったらない。

ピーチクパーチクとさえずる小鳥たちはかわいらしいが、コケコッココケコッコとけたたましくしゃべられると耳にさわる。
ワニはうんざりしていたけれど、二羽のニワトリが庭にやってくるのは、口のお手入れの時間だけ。口のなかには小鳥たちがいるので、「帰ってくれ」と言うことができない。あまりにうるさい時は、いっそ食べてやろうかと思ったが、「動物園の動物は食べないこと」というルールになっているし、もしもニワトリを食べてしまったら、小鳥たちがこわがって近寄ってくれなくなるかもしれない。そうなったら、唯一の外部とのコミュニケーションが断たれてしまう。それは困る。

ワニは昼のあいだ、沼や陸地をいったりきたりして人間たちに生態を見せてやりながら、庭に二羽のニワトリがこなくなる方法はないかと、考えつづけた。
友達がいれば相談もできるだろうが、あいにくそのような相手はいない。唯一気持ちをわかってくれそうなのは、一匹でくらすオオカミだが、しゃべったことがないし、ちょっとこわい。
隣のオリのカバ園長は、「何かあったらなんでも相談しなさいよ」と言ってくれてはいるが、これしきのことで園長の手を煩わせるのは気が引ける。ワニはただただ悶々としていた。

ある日の朝のこと、庭にいるワニの口のなかで、にわかに小鳥たちが色めきだった。二羽のニワトリも、ワニの口のなかをのぞきこみ、ほっぺたをトサカの色とおなじくらい紅潮させている。ワニは見ることはできないのだが、会話から察するに、どうやら口のなかに、「コマドリ姉妹」がやってきているらしい。

コマドリの双子の姉妹は、鳥類きってのスター歌手。旅から旅への巡業の途中、ちょっと朝ご飯を食べに立ち寄ったのだという。
小鳥やニワトリにせがまれたコマドリ姉妹は、ワニの口のなかで歌を披露した。世界をまたにかける渡り鳥なだけあって、レパートリーは広かった。民謡、童謡、演歌、ポップス、ロック、ジャズ、ボサノバ、ゴスペル、ラップ。どんなジャンルも、見事なハーモニーで歌い上げた。口のなかでのコンサートは動物園の開園時間ぎりぎりまで続き、ワニのあごは一日じゅうしびれていた。

その翌日から、ワニの庭には二羽のニワトリがぱたりとこなくなった。
小鳥たちの話によると、コマドリ姉妹にすっかり感化されて、歌の練習をしているのだという。ニワトリが歌うは、シャンソン。ふだんの高音とは真逆のささやくような歌唱法に憧れ、朝も晩も練習にはげんでいるという。
おしゃべりどころか、朝いちばんの合図もそっちのけで、小屋にこもって歌いつづけるニワトリ姉妹。ワニはしげみの奥の沼にいるので、もとより聞こえていなかったが、ニワトリの鳴き声をたよりに起きたり寝たりしていた動物たちは、生活のリズムが狂って困っているらしい。

ワニは、庭に二羽のニワトリがこなくなり、怒りにまかせて思わず食べてしまうという心配もなくなったので、ほっとした。
しばらくたったころ、小鳥たちが、ふたたび二羽のニワトリの情報をもたらした。ニワトリ小屋の庭で二羽のニワトリがコンサートをひらいたという。

コンサート会場は、なかなか立派にできあがっていたようだ。
引き抜きにくいクギをすいすいと引き抜くことで有名な大工のビーバーが竹垣に竹をたてかけて、ボウズのハゲタカのボウズが屏風に上手に絵を描いて、たてかけられた竹の前にたてた。客席に集った老若男女の動物たちには、応援用の赤巻紙青巻紙黄巻紙がくばられた。ニワトリ小屋の庭で二羽のニワトリが開催した「新人歌手新春シャンソンショー」は、まずまずの出来だったという。

シャンソンで自信をつけたニワトリが次に練習しているのは、アメリカのポップス。全編英語の歌詞に挑戦しているそうだ。
ワニは小鳥たちに口のなかをついばまれながら、「ふーん」と思った。ワニが願うのは、庭に二羽のニワトリが二度と来ないということだけだ。

動物たちから苦情が殺到し、ニワトリは、朝いちばんの合図を再開した。
しかしアメリカかぶれしたニワトリが、「コケコッコー」ではなく、「クックドゥードゥルドゥー」と鳴くものだから、動物たちは、生活のリズムを取り戻せないでいるという。

おしまい。

↓山田みくじ、100円です。


ここから先は

0字 / 1画像

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?