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山田動物園のおはなし「ツルとカメの選挙戦」

『ツルとカメの選挙戦』

山田県山田町の山田山に「山田動物園」はある。
動物たちは、朝9時から夕方5時までは、オリのなかに入って人間に生態を見せる、という仕事をしている。それ以外は自由時間。遊ぶもよし、副業するもよし。自由に自分たちの生活を楽しんでいる。

山田動物園の運営は人間の園長さんがとりしきっているが、動物たちの自治体をとりしきるのは、カバ園長。
このたび、カバ園長の任期満了にともない、次期園長選挙がとりおこなわれることとなった。

名乗りをあげたのは、ツルとカメ。
動物園が閉園するやいなや、毎日熱い選挙選が繰り広げられている。

ツルが提案するのは、“ 山田動物園のグローバル化 ”。
渡り鳥であるツルは、世界中にネットワークが広がっている。同じく渡り鳥であるフラミンゴやペリカンらとともに、「世界の山田へ!」をスローガンに、外来生物による外資系企業の誘致や外国製のおやつの導入などを積極的に行っていきたい考えだ。

ツルは、動物園の上空を飛びまわりながら演説した。
「 “ グローバル ” というの世界じゅうの動物と友達になれる、合い言葉のようなものです。どうか、このツルに投票してください。お世話になってきたみなさんに、恩返しがしたいのです!」
それを聞いた動物たちは、
「グローバルというのは、ずいぶんと楽しそうだなぁ」
と思った。

カメが推奨するのは、“ スローライフ ”。
カメは園内をゆっくりまわりながら、訴えた。
「ここのところ、人間がせかせかしてきたのと一緒になって、動物もせかせかしてきている。あわててもろくなことはない。亀の甲より年の功。長老の私が言うのだから間違いない。お日様にあたりながら、のんびりと生きていこうではないか」
動物たちは、
「スローライフか。それもいいなぁ」
と思った。

投票日が近づくにつれ、ツルとカメの戦いは白熱した。はじめは自分のやりたいことを訴えていたはずなのに、だんだんと、相手のわるいところを言うようになってきた。

ツルはカメに言った。
「世界のなかであなたほど歩みののろい者はないんですよ。そんなにのろくては、情報化社会に取り残されてしまう」
カメはツルに言った。
「私は万年。お前はたかだか千年。九千年も後輩のくせにナマイキだ」

動物たちは、どちらに投票すればいいのか、わからなくなってきた。
ツルはやり手のようだが、権力者たちを自宅に招き入れ、「絶対にのぞかないでください」と言って、部屋に閉じこもってしまう。密室政治は、好ましくない。
カメはカメで、困ったことがあると、顔と手と足をひっこめて自分に閉じこもってしまう。逃げるのは、よろしくない。
どちらに投票すべきか迷ったまま、選挙の日がやってきた。

時計台のある広場には、大工のビーバーが立派なステージをこしらえていた。ここでツルとカメが最後の演説をしてから投票する、という運びになっている。動物たちは一匹残らず広場に集まった。

壇上では、ツルが首をぴんと延ばし、優雅に羽根を整えている。
司会のシカがしかめっつらでマイクを持ってステージに上がった。
「みなさん、カメさんがまだ来ないので、いましばらくお待ちください。8時までに来ない場合、カメさんは失格となります」
ウサギがカメの家まで向かったところ、なんと途中で寝ていることが発覚した。「もしもし。もしもし」と何度声をかけても、起きないという。

7時59分。
意気揚々とツルが第一声を発しようとしたその時、壇上に大きな鳥が2羽、舞いおりた。選挙管理委員である、ウとタカだった。

ウは言った。
「ツルさんを、公職選挙法違反でタイホします」
タカは言った。
「有権者に、反物のワイロを渡していたことが発覚したのです」
ツルは、長い首をくたりと曲げて、「ごめんなさい」と謝った。

8時。
カメは来ない。
動物たちは困ってしまった。どうしよう。山田動物園に、園長がいなくなってしまう。リーダー不在では、なんだか心もとない。ツルとカメがポスト園長の座からすべりおちてしまい、途方に暮れる動物たちは、後ろの正面を振りかえった。そこにいたのは……。

誰からともなく声が上がった。
「カバ園長! カバ園長!」
やがて大合唱となった。
「カバ園長! カバ園長! カバ園長!」

声を上げながら動物たちは、長きにわたるカバ園長の園長ぶりを思い返していた。  
さしたる勇士は思い出せないが、カバ園長は、いつも水面から目と耳を出して、動物たちを見守ってくれていた。ような気がする。
ひっくり返ってひなたぼっこをしている時などに、トンチンカンなことを言うことはままあるが、悪いことをしない、という確信だけは、ある。たぶん。
絶対にくぐり抜けられないウの目タカの目をもってしても悪事はみつからないのだから、それはもう、そうなのだろう。
カバ園長の在任中、とくに良いことは起こらなかったけれど、とくに悪いことも起こらなかった。これすなわち、平和、ということではないだろうか。
「カバ園長! カバ園長!」
広場のボルテージはあがる一方だった。

カバ園長は、しばらくぽかんとしていたが、のっそのっそと動物たちをかきわけ、壇上にあがった。
「しょうがないので、とうめんのあいだ、私が園長をやることにします」
動物園は、大きな歓声やいななきやさえずりに包まれた。

その後、反省したツルは園長になることはあきらめ、本職の繊維業に戻り、世界中の渡り鳥たちと貿易を行っている。
カメも、園長になりたかったことなどすっかり忘れて、これまでどおりのんびりと、たわし製造業を営んでいる。

山田動物園の動物たちは、カバ園長のリーダーシップのもと、仲良く平和に暮らしています。



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