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山田動物園のおはなし 「クラブ・ダチョウ」

『クラブ・ダチョウ』

閉園時間である午後5時をすぎると、動物たちはオリから出て、それぞれに生活をはじめる。翌日の開園時間である午前9時までは、人間の飼育員や来園者の視線にさらされることなく、動物だけで自由気ままに過ごすことができる。山田山の中腹にある山田動物園は、そういったルールになっている。

夜のとばりがおりて、夜行性の動物たちが活発に動き出すころ、動物園の片すみにある小さな看板に、ぱちりと明かりが灯る。
看板には、『クラブ・ダチョウ』と、上品な書体でしるされている。
そこは、オスたちが集う夜の社交場。ゆったりくつろげるソファーに大理石のテーブル、高級なお酒と小粋な会話が楽しめる、大人のオスのためのラグジュアリーな空間である。

ホステスは、熟女と呼ぶにふさわしい、ダチョウの三姉妹。
長女は首がすらりと長い、スレンダーな美人。仕事や家庭につかれたオスたちをやさしく癒す、お母さんのような存在だ。
次女は、活発で足の速いスポーツウーマン。思い立ったら一直線の性格で、その一直線ぶりはイノシシとはりあうほど。趣味も多く、話し上手である。
末っ子の三女は、おっとりしていて、ちょっとドジなかわいいタイプ。人情家で涙もろく、甘え上手でもあり、年上からも年下からも広い世代に愛されている。

若くはなくとも女盛り。鳥類、哺乳類、爬虫類、どの類もわけへだてなく接客するダチョウ三姉妹は、山田動物園のオスたちや、世界をとびまわる渡り鳥たちから愛され続けていた。
長年にわたる常連客と、彼らがときどき連れてくる新規の渡り鳥によって、『クラブ・ダチョウ』の経営は、三姉妹が好みの香水やアクセサリーを身につけられるくらいにはもうかっていた。

しかし数日前から、客足がぱたりと止まってしまった。
「人間界の不況のあおりかしら」
「常連さんたちも高齢になってきて、出かけるのがおっくうになっているのかも」
「若者の酒場ばなれも進んでいるというし。最近じゃあ、“家飲み”なんてのも、はやってるみたいよ」
しおどきなのだろうか……。
そんな不安を持ちながらも、三姉妹ははげましあい、ぽつりぽつりとやってくる常連客を丁寧にもてなしていた。

ある夜、覚悟を決めるときがやってきた。
フロアには、カッコウが、ただ一羽。カッコウとは、別名、閑古鳥。この客が来店してひと鳴きしたら、サービス業はおしまいだと言われている。

くるべきときがきてしまった……。
ほろよいのカッコウをお見送りし、三姉妹が長い首をくたりとうなだれていると、古くからのなじみ客であるコウモリがやってきた。
コウモリは、誰もいないフロアをみまわして言った。
「やっぱり。あの店に客をとられちまったかい」
「あの店?」
「動物園のすぐとなりの山ん中に、カラスが夜の店を出したんだよ。みんなそこに行ってるんじゃないかね。もしかして、知らなかったのかい?」
ダチョウ三姉妹は口をそろえて、
「聞いてないよ!」
と叫んだ。

コウモリの話によると、その店の名は『ラウンジ・カラス』。
ホステスは、山田山で評判の美貌をもつ、カラスの三姉妹。濡れたようにつやめく妖艶な黒い羽に、オスたちはメロメロなのだという。
「まあ俺は、なじみのこっちの方が落ち着くし、味もサービスも上だと思っているがね」
コウモリのコメントなんて、なんのなぐさめにもならない。
トンビに油揚げをさらわれて騒ぐ人間の気持ちが、ようやくわかった気がした。
三羽ガラスに、三羽の飛べない鳥がかなうわけがない。
ダチョウ三姉妹は、鳥のなかまに、ヘルプをお願いすることにした。

まず目をつけたのは、動物園の鳥のなかで最も美しい羽をもつ、クジャク。
艶やかなのはオスじゃないかとご心配されるかもしれないが、山田動物園のオスのクジャクは、オネエであった。しかし辛辣な意見をズバリと言う気高いクジャクに、オスたちはおじけづき、客は戻ってこなかった。
つぎに呼んだのは、七色の鮮やかな羽をもつオウム。フロアは一気に華やいだ。ただ、人の話を熱心に聞くのはいいのだが、言われたことを言い返すだけで会話にならない。ホステスとしての戦力にはならなかった。

それならば、ダチョウ自身が華やかになろうと考えた。これまで羽の色にあわせて黒や茶や白でシックにきめてきた衣裳をフルチェンジして、濡れ羽色に対抗する作戦だ。
発注した先は、『テーラー・フラミンゴ』。
「とっておきの、きらびやかなドレスをつくってあげましょう」
できあがってきたのは、全身どピンクのど派手な衣裳。大柄なおばさんダチョウがそれを着こんだら、客はさらに寄りつかなくなった。
顔の広いハトなら客を呼んでくれるかもしれないと声を掛けてみたが、郵便配達の仕事が忙しい、と断られた。

もう、おわりにしましょう……。
ダチョウ三姉妹は、夕焼けのなか優雅に出勤する三羽ガラスをうらめしくながめながら、せめて鳥らしく最後を迎えようと、長年勤めてきた店のなかを、丹念に掃除していた。

そんなとき、一羽の来客があった。
やってきたのは、ツルの娘。
ツルの娘は、人間の男に熱をあげて家出をし、男に貢ぐために繊維業の仕事をしていた。身を削って働いていたが「なにやってんだろう……わたし」とハタと気づいて動物園に戻り、バイトでもしようと『クラブ・ダチョウ』を訪ねてきたのだった。

かくかくしかじか。閉店するのだと伝えると、ツルの娘はこんなことを言った。
「ソファに座って高級なお酒を飲む今の形態をやめて、規模を縮小したらどうかしら。ちょっとした軽食も出て、カラオケなんかもある……スナックをやるのはどうでしょう?」
なるほど。カウンターだけでのスナックであれば、維持管理はラクになる。客単価はさがるが、仕入れ値はおさえられ、回転率はあがるだろう。軽食やカラオケがあれば、オスだけでなく、メスの客もとりこめるかもしれない。『ラウンジ・カラス』との差別化もはかれるというものだ。
ツルの娘の一声で、『クラブ・ダチョウ』の経営方針は大きく転換した。
数週間の改築工事ののち、ダチョウ三姉妹は、新たなスタートを切った。

『スナック・ダチョウ』は、水割り一杯から飲める、きさくなお店。
クラブ時代には、おつまみといえば、かわきものとフルーツくらいしかなかったけれど、新メニューとして、熱々のおでんを用意した。ほっとする味だと、ひとり身のオスたちに好評である。
カウンターのなかに三羽は多いので、一羽ずつが交代で入ることにした。これは、年増のダチョウには、体力的にとても助かることだった。
バイトに入っているツルの娘もけなげによく働き、若いオスの客も増えてきている。
雀の涙ほどにまで落ち込んでいた売り上げは、雀の号泣くらいにはなり、生活するにはじゅうぶんである。
客にとっても三姉妹にとっても都合よく、一石二鳥どころか、一つの石で何鳥も落とされてしまうような見事なアイデアであった。

今宵も『スナック・ダチョウ』のとまり木には、世界じゅうの渡り鳥たちがわきあいあいと憩い、カラオケで自慢のさえずりを披露している。
ただひとつの心配は、歌の好きなカッコウの来店。カッコウが巣の上にとどまり、願わくば『ラウンジ・カラス』でひと鳴きしてくれることを、ダチョウ三姉妹はこっそりと期待している。


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