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山田動物園のおはなし 「ゾウのしごと」

『ゾウのしごと』

山田動物園には、ゾウのお父さんと、ゾウのお母さんと、ゾウの息子がいる。

ショーの時間になると、ゾウのお父さんは、大きな玉にひょいと乗って、ころころ転がり歩いてみせる。ゾウのお母さんは、バナナを口にくわえ、鼻の先でバナナの皮をむいてみせる。器用なゾウ夫婦のショーは拍手喝采をあびていた。
そんな夫婦のもとに生まれた息子があびるのは、大きな期待。しかし息子は、親とは正反対に、とっても不器用なのだった。玉はおろか、四角い台の上にすらのぼれない。バナナの皮をむくどこか、鼻でつかむことすらままならない。動物づきあいも不器用なうえに、気が小さい。

「図体はでかいくせに、あいつの心臓はアリくらい」
後ろ指をさされる息子の将来を、お父さんとお母さんは心配した。このままでは、何もできないだたのデクノゾウになってしまう。家族会議の結果、ゾウの息子は、武者修行に出されることになった。

山田動物園の動物たちは、朝9時から夕方5時までは、人間に姿を見せるという仕事をしているが、それ以外は、休んでもよし、遊んでもよし、商売をしてもよしの自由時間。その時間を使って職業体験をさせ、将来に役立てよう、と考えたのだ。

カバ園長に口利きしてもらい、ゾウの息子は、カエルの営む薬局に勤めることになった。カエルは、池のほとりで薬草を育て、それを混ぜたり煎じたりして、軟膏や粉薬を販売していた。ゾウの息子の仕事は、薬局の前に立って、お客さんを呼び込むこと。
「さぁいらっしゃい。カエルの薬はよく効くよ。たちまちケロッと治っちゃう」
これだけのことなのに、ゾウの息子はなかなか覚えられない。やっと覚えても、小さな声でごにょごにょごにょ。

しかたなく、カエルは別の仕事をゾウに与えた。
薬局の前で、子どもを背中に乗せ、上下左右に動いて最後にくるっと一回転。ゾウのアトラクションサービスを提供し、お客さんを惹きつけようという狙いだ。しかし、険しい顔で小刻みに震えながら、ぎくしゃくと動くアトラクションに、子どもは寄りつこうとしなかった。

ゾウの息子は、カエルの薬局を、クビになった。

両親は、再びカバ園長に仲介を頼んだ。
「あの子に接客業は向いていないようです。ほかの仕事はないものでしょうか」
「それならシマウマのところに行きなさい。製造業だ」
シマウマは、ボールペンをつくって売っていた。ボールペン事業は順調に業績をのばしており、その流れにのって、さらなる事業拡大をと考えたシマウマは、ふでばこの製造を目論んでいた。ボールペンがぴったり入り、獰猛な獣でも破壊することなく、過酷なサバンナでの使用にも耐えられる、丈夫なふでばこ。キャッチコピーは「ゾウが踏んでもこわれない」。

ゾウの息子に与えられた仕事は、工場からあがってきたふでばこを踏んで、こわれるか、こわれないかの最終チェックをすること。ゾウが踏んでもこわれないと確実に証明された丈夫なふでばこは注文が殺到し、ゾウはふでばこを踏み続けた。わんこそばのように、足元に置かれていくふでばこを、ただ踏むだけの毎日。ゾウの息子は徐々にストレスがたまり、エサをもりもり食べるようになった。ある日ついに、正常につくられたはずのふでばこが、ピシリと音を立ててこわれた。

シマウマはキャッチコピーを「サイが踏んでもこわれない」に改め、ゾウの息子をクビにした。

「ボクにできることなんて何もない。どうせオイラはデクノゾウ」
ゾウの息子はおおいに落ち込み、下を向いてばかりいるようになった。

地面ばかり見つめていたゾウの息子は、ある時、小箱のようなものが土の上を動いているのを見つけた。ぐっと目を凝らすと、それは、小さな小さなタンスだった。その先には、小さな小さなベッド。その先には、小さな小さなピアノ。小さな小さな家財道具一式を運んでいるのは、アリだった。

ゾウの息子は、行列の先頭で指令を出しているアリの大将に声をかけた。
「アリの巣のお引越しですか?」
「いいや、違う。わたしたちは、引越し社を経営している。今日はキリギリスさんから依頼を受けたのだよ」
行列の最後尾では、キリギリスがギターをひきながらのんきに歌っている。
ゾウは、アリたちの働きぶりをまじまじと見た。自分の体よりも何倍も大きな荷物を持ち上げ、汗を流し、泣き言を言わず、列を乱すことなく、前へ前へと進んでいる。
「これが、“働く”ということ……」

ゾウの息子は、アリの大将に申し入れた。
「ボクも働かせてください!」
「だめだ!」
「なぜですか?」
「不器用なお前に、お客様の大事な荷物を運ばせるわけにはいかない」
「では、みなさんの仕事ぶりを見せてもらっていいですか。勉強したいんです。ボクに引越しのノウハウを教えてください!」
アリの大将は、ゾウの息子の、図体のわりにはたいそう小つぶの目をしばらく見つめて、言った。
「アリかナシかで言ったら……アリだな」
「ありがとうございます!」
「ただし。わたしは何も教えない。技術とは……盗むものだ」
「………………はい!!」

お父さんやお母さんや動物たちは、地面ばかり見つめている息子のことを心配したりバカにしたりしていたが、彼は気に留めなかった。自分の力で人生を切り開こうと、必死だった。アリたちの様子を来る日も来る日も観察し、作業工程を頭にたたきこんだ。

数日たったころ、ゾウの息子は、人間の園長さんが引越しするという情報を、大耳に挟んだ。園長さんが見回りに来たとき、思い切って柵越しに声を掛けた。
「あの……園長さんの、引越しの、お手伝いを、したいです」
「それは助かるなぁ。ありがとう」

引越し当日。
ゾウの息子は、アリたちの働きぶりを思い返しながら、作業を開始した。気は小さくても、声も小さくても、ゾウはゾウ。家財道具をひょいひょいと持ち上げ、ついでに園長さんも背中に乗せて、新居に向かって歩き出した。
どしん、どしん。
たくさんの荷物を抱えたゾウの足音は、町じゅうに響き渡った。

ゾウの息子は、無事に引越しをやり遂げ、動物園に帰ってきた。生まれてはじめて体験する心地よい疲労感。
突然、地面から声がした。
「ごくろうだった」
びしっと一直線に並ぶアリの行列から、一歩前に出て、アリの大将が言った。
「今日の働きぶり、お前のおでこに乗って、一部始終を見させてもらったよ」
それからくるりと振り返り、ヒラのアリたちに向かって叫んだ。
「いっせーのーで!」
アリたちは、四方八方、てんでばらばらに歩き出した。散らばっていた黒い点は、地面に、ある文字を浮かび上がらせた。

 ド ク リ ツ

「今日からお前も、一人前の引越し業者だ」
ゾウの息子は「パオーン!」と大きな声で返事をした。

引越しと同時に王様気分が味わえる「ゾウの引越しセンター」は、たちまち大人気となった。アリさんは昆虫類、ゾウさんは哺乳類と担当を分け、今日も仕事に励んでいる。

おしまい。

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