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薄紅色をした舞台の上で、ヤアは細く短い木の杖を掲げた。 杖の先端には分厚い紐と小さな鈴が括り付けられている。ヤアが腕を勢いよく振り上げると、シャラシャラと軽やかな音が鳴った。 勢いのままに杖はヤアの手からすっぽ抜け、月光を浴びながら空へ飛び上がった。ぽかんと口を開けるヤアをよそに、杖は空中で滑らかに三回転半し、鈴の音を響かせながら落下してヤアの着物の背中側に滑り込んだ。 「うひゃひゃ」 毛羽立った紐の感触が背中をくすぐる。ヤアは素っ頓狂なうめき声を上げながら着物から杖
これから嘘の話をいたします。お付き合いいただけますか。……ええ、ええ、ありがとうございます。話さしていただきます。ありがたいことです、ほんとにどうも。 まず、私が森に行った時の出来事とお思いください。……いえ、真っ暗い樹海みたいなね、鬱蒼というか、物騒というか、そういう森ではないんです。木の合間から空が見えて、日の光がぽかぽか差し込んできて、チチチと雀なんかが呑気に鳴いている。明るくって、暖かくって、モダンな――モダンてのは違うか。まあ、要するところ、綺麗で穏やかな森です
雪上に置かれたこたつに入り、くつろいだ様子でみかんの皮を剥く人物を見て、辻井可織は目を丸くした。 厚手の布団で身を覆った人物は、緩やかな仕草でみかんを一房ちぎった。暖かそうな光景だと可織は思い込みかけたが、「そんなはずあるか」と理性から抗議を受けて我に返った。 こたつは今日になって忽然と、可織の住むアパートの裏庭に現れた。テーブルも布団も電源ケーブルも全て白く、周囲に積もった雪と同じ色合いをしている。机上の丸盆とみかんが多少の彩りを添えてはいるが、全体としては色味に乏し
カナとお酒を飲むときは、どちらかの自宅でと決めている。幅広のタオルと浴槽、ベーキングパウダー、寛永通宝のレプリカ五枚が必要になるからだ。 「それでさあ、新シーズン見始めたんだけど、ゾンビの数が前期の十倍ぐらい増えてんの。多すぎて笑っちゃった」 カナは手に持った銀色の缶ビールをふらふらと揺らしながら、ドラマの話を陽気に喋っていた。だいぶ酔ってきているみたいで、赤味がさした肌のあちこちから、小さな泡がぶくぶくと噴きこぼれている。なんだかパスタを茹でてる鍋みたいだ。明日のお昼は