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バルサの財政は限界を超えていた?見えてきたソシオとサラリーキャップ制度の現状と課題【スピンオフ講義#3】

はじめまして。

「山田塾」塾生の深谷興士と申します。スポーツとは関係のない会社で営業をしており、山田塾には、ゆるい感じで参加しています。

心の中には、note執筆に参加して学びを深めたい気持ちが、ずっとあったのですが、日々の仕事が忙しいことを言い訳に、ここまで傍観者でした。

今回、チームでnoteを執筆するということで、チャンスかも!?と思い参加しました。
山田塾noteのパイオニアである、武政さんや粕谷さんの熱量には到底及ばない気がしますが、新しい視点を提供するということで何卒ご容赦ください。どうぞよろしくお願いいたします。

今回の講義も中身が濃ゆいので、早速本題に入っていきたいと思います。

スピンオフ企画です。「メッシ電撃移籍から見えてくる欧州フットボールのファイナンス-構造と課題-」ということで、スポーツビジネスやファイナンスが分からない人にとっても、興味深くとっつきやすいテーマかなと思います。

メッシがバルセロナを退団する。メッシがPSGに移籍する。衝撃のニュースを通して、欧州のサッカークラブが抱える課題が見えてきました。
ゲストは利重孝夫さん。なんと過去に楽天でバルサに関わり、今はシティ・フットボール・ジャパンの代表を務めるお方です。
様々な課題、疑問について、飯塚さんが利重さんに問いかけるスタイルで進行した贅沢なスピンオフ講義を、今回は3人でまとめましたので、どうぞよろしくお願いいたします。

1.バルサの財政…本気(マジ)で苦しかったんだ問題

バルサと言えばメッシ、メッシと言えばバルサ。サッカーファンにとっては15年以上、メッシにとっては20年以上の歴史によって刻まれた一種の常識であり、バルセロナのアイデンティティだったと思います。
誰もがその重みを知っているので、移籍騒動があっても、最後はバルサに残るだろうと思っていました。
なので、バルサを退団して、そしてすぐにPSGに移籍したことには驚きました。
色々な報道や憶測がありましたが、実際にはどうだったのか。

まず、講義を聴きながら驚いたのは、欧州フットボール界やバルセロナの事情に詳しい利重さんですら、
“PSGへの入団会見があった時には、ちょっと、さすがにビックリした”
と仰っていたことです。

“財政的にはめちゃくちゃな政権がほとんど”
であったバルセロナだとしても、
“超法規的な形も含めてバルサで続けるだろう”
“メッシは残るだろう”
と見ていた利重さんの想定を覆すくらいに、バルセロナの財政は悪化していることが明らかになりました。

8月16日のラポルタ会長の会見によると、日本円換算で1,755億円の負債。(ちなみに、コロナ禍で苦しい日本のビッグクラブの負債は、鹿島が28億円、浦和レッズが20億円です)
バルセロナの売上は15%落ちて、最終損益は130億円近くの赤字。

本当に財政難だったことが分かります。コロナ禍の影響が大きいことは容易に想像できます。だがしかし、コロナ禍という条件はどこも同じ中で、フランスのPSGはメッシを獲ったという事実に対しては、どう解釈したらよいのか。
今回のスピンオフ講義では、興味深い論点がありましたので紹介していきます。

・ラ・リーガのサラリーキャップ制度
・ソシオ制度

まず一つ目の論点は、ラ・リーガが採用しているサラリーキャップ制度です。

ざっくり解説すると、2013年より導入された制度で、売上高の70%までしかチーム人件費に使えないというルールです。この人件費には移籍金も含まれているという点がポイントとなります。

当初は、全体として売上拡大基調にあったので、サラリーキャップ制度が問題視されなかったのですが、コロナ禍によって突如問題として現れました。

売上が減った時には人件費を下げる必要がある訳ですが、人件費を下げることは簡単ではありません。それは、「選手契約はほぼ全て複数年での契約になっているため、人件費を特に単年で大幅に下げることは難しい」からです。

仮に人件費を下げれば、良い選手が高額年俸を提示してくれるクラブに移籍する力学が働きやすくなり、その結果勝つ確率も減って、また売上が減るという悪循環に陥ります。上手く回っていたように見える時期でも、実は選手を獲得するためには売上を拡大しなければならないというチキンレースに拍車をかけていた面がある、というのも興味深い視点でした。

“そもそも何故このルールがあるのか”を考える必要があるとは、利重さんの言葉。
ルールは環境によって変わるものであり、売上拡大基調の中では、市場を混乱させるようなクラブを締め出す効果があったと思われますが、コロナ禍で環境が変わった今、制度の見直しがあるかもしれないということでした。

そして二つ目の論点は、バルセロナが「ソシオ」という法人形態で成り立っているということです。

クラブの法人格の種類と特徴については、こちらをご覧ください。

「ソシオ」とは、会員(ファン・サポーター)がクラブを100%保有する形態で、議決権は会員一人ひとりがそれぞれが一票を持っています。外部からの収入(主にチケット、マーチャンダイジング、スポンサーシップ、放映権)を除けば、活動資金は会費と内部留保のみとなります。
つまり、純粋な「ソシオ」は、伝統あるクラブ(バルセロナ、レアル・マドリード等)だからこそ成り立つ形態となります。

この「ソシオ制度」が、メッシ退団にどう影響していくのか。今回の講義では、「ソシオ制度」のデメリットがいくつか見えてきました。

まず責任の所在が不明確というデメリットです。
今回のメッシ移籍に際し、ジョアン・ラポルタ会長はバルメトウ前会長からクラブを引き継いだ際に、約1737億円もの負債があったことを公表しました。


この赤字、クラブ所有者の会員が責任を持つのでしょうか?
それとも投票で選ばれた会長が責任を持つのでしょうか?

つまり、メッシ退団の引き金になったクラブの財政悪化の責任は一体誰が取るのか?
といった問題です。

次に、会長交代の度に経営方針が変わるデメリットです。
会長が代われば全てが変わる”という利重さんの言葉が印象的でした。

最後に、衆愚政治へと陥ってしまうデメリットです。
会員がそれぞれ一票を持っていることから、聞こえの良い話に票が集まったり、内部に派閥ができるという、いわゆる政治の世界があるようです。
(日本でも総裁選や衆議院選挙が近づいてきましたが、足の引っ張り合いではなく、建設的な議論が進んでほしいなと思います)

「ソシオ」(=市民クラブ)というコンセプトはとても素晴らしいですが、経営という視点ではデメリットが存在します。結局のところ、会長とは無給の名誉職でもあるため、そもそもそのポジションにつける余裕のある人が限られていること、勝利とスペクタクルを求めるがゆえに、会員が採算度外視でそうしたプランを掲げる会長に投票する力学が働きやすくなることが発生しやすくなるわけです。こうした環境下の中で選ばれた会長が、バルセロナという巨大すぎるクラブを率いるのは確かに至難の業なのかもしれません。

講義では、他にも「ESL構想」の話、「ラ・リーガvsバルサ・レアル」の話、憶測部分も含めて色々なお話が聞けました。

ちなみに、「欧州スーパーリーグ構想(ESL構想)」や「リーグvsクラブ」については、過去のnoteに詳しくありますので、こちらをご覧ください。

今回、note執筆の機会をいただいたことで、講義への理解が深まりました。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

2.PSGのビジョンは?

ここからはメッシを獲得した側であるPSGについて話題が移ります。執筆担当は粕谷です!

PSGはカタールの王子様がオーナーであることが有名ですが、そのオーナー、ナーセル・アル=ヘライフィーの野望はチャンピオンズリーグの優勝、そしてメッシのいるチームを持つこと。

昨年CL準優勝で野望に近づいていたわけですが、難しいと思われたメッシ獲得を先に実現させてしまったわけです。

ただしPSGはただの所謂金満クラブかと言われると少し違います。むやみに選手獲得に投資するのでは無いのです。

協会でも強い影響力を持つことでルールを作る側に回る政治力、そしてパリという立地を活かしたブランディング。「選手が強い」ではなく、「クラブとして強い」を着実に実現しています。

移籍市場で最もフットボール界を震撼させたPSG。今回のメッシ移籍におけるポイントはこの2点です。

・PSG財務諸表/FFP
・ファントークンの給与への転用

・PSG財務諸表/FFP
コロナ禍で唯一といっていい超大型補強をしたPSG、もちろん気になるのがUEFAのFFPに接触しないのか、です。

そのためにPSGが乗り越えなければならない壁は2つあります。
1つ目は22-23モニター期間までにFFP Break-Evenのプラスを作る必要があること。
2つ目はコロナで落ちた売上高、赤字を回復する必要があることです。

通常時は過去3期間の合計額によりUEFAライセンスを判定するのですが、コロナの特例により20-21モニター期間において19-20決算はスキップされ、21-22モニター期間で4シーズン分決算が対象となりました。
現時点ではUEFAのFFPのBreak-Evenラインを4M€クリアしているPSG。特例がなくなり、大型補強をした21-22も計算対象になる22-23モニター期間をクリアできるかがカギになって来るのです。

ここでも「何のためのルールか」が問われます。
FFPは戦力均衡と財政破綻回避の2つを図ったルールですが、コロナ禍でもフットボール界にお金を投資してくれる超優良クラブ・オーナーを抑えることが果たして正解なのか、と言われると難しいですよね。

また売上高が指標の一部であるFFPですが、その売上高は本当に売上なのか?という疑問もあります。これはJリーグでも言えることですが、帳消しにしてくれる存在がいるクラブほど有利になると考えてしまいます…。戦力均衡とは…。

利重さんもFFPはそれだけで講義1回分のボリュームがあるテーマとお話していましたが、このあたりの話はnoteNGが出たのでここまでで…笑

・ファントークンの給与への転用
そして今回の移籍騒動、山田塾内で盛り上がったポイントがメッシの給料の一部をファントークンで支払うという報道です!直近でNFT&ファントークンの講義があっただけに何ともタイムリーな話題でした。

ファントークンの給与への転用ですが正直クラブにはかなりのメリットがあると感じます。キャッシュは減らず、勝利や活躍でトークン価値が上がる可能性が大きい為選手のインセンティブにもなります。

もちろんリスクも存在します。クラブとしてはメッシが退団するとなった場合にメッシが保有するトークンをどう扱うかが考慮すべき事項になると思われます。

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ルールが定まり切っていないファントークン。今後の動きに注目です。

今回PSGが行ったファントークンの試みですが、リスクを恐れず、まずはメリットを優先するヨーロッパのクラブの姿勢が現れている事象ですね。PSGのようなビッグクラブが積極的に行うことで、問題が発生しても対処できるように整備されて行くのではないでしょうか。

このあたりは日本との大きな違いだと講師の方々もお話します。実際に日本でのファントークンの導入状況がスモールクラブが大多数であることを見てもうなずけます。

3.リーグの制度設計とクラブ経営の未来


こんにちは、塾生の武政です。

ここからは、深谷さん・粕谷さんパートの内容を踏まえた上で、「今後のクラブ経営の行方がどうなっていくのか?」というテーマについてまとめていきたいと思います。

まずこれまでの講義内容から、以下のような一つの「構造(因果関係)」みたいなものが見えてきました。

ファンを惹きつけるのは「強くて、勝つ」クラブ
→ チーム強化費の増加(選手人件費、移籍金etc.)
→ 予期せぬネガティブイベント発生(コロナ禍 etc.)
→ 経営悪化(固定費はすぐに削減しにくい etc.)
→ 選手放出(サラリーキャップ制度も大きく影響etc.)

それは「際限なきチーム強化」が生み出す構造とも言い表すことができ、バルセロナに限らず他のどのクラブでもあり得るものであるということです。

そして、リーグの制度設計の結果でもある「オープン型リーグ」とその特徴が、上記の流れに更に拍車をかける仕組みとなってしまっていることです。加えてそのような中で「サラリーキャップ制度」の特徴が悪い方向に働いてしまった結果、今回のケースとしてはメッシのバルセロナ退団につながったというわけですね。

そのようなことも踏まえつつ、進行役を務めていた飯塚さんが最後に利重さんにこう質問をされました。

Q.「こうしたリーグ制度設計の「トレンド」が、今後より「クローズド型」を検討していく流れになっていくのか?今後のクラブ経営の行方はどうなるのか?」

この質問に対し、要点を「三つ」に絞った利重さんの回答が個人的には大変興味深く印象に残りました。

一つ目は、コロナ禍をはじめとした今の厳しい環境下においては「マーケット全体をどう活性化させるか?」という視点が必要だということです。その一つの手段として、クローズドリーグの検討だけでなく、トリクルダウン的な発想(上位を引き上げることで、下位にも好影響を与える)等も加味しながら、リーグの制度設計を考えられるのではないかということですね。

このことは、本講義パート2(粕谷さんまとめ部分)でも話題に挙がったFFPなどの「ルール変更やコロナ特例措置の可能性」の話に通じます。マーケット全体が活性化しているときは、その成長を促進・支えるルールが求められるでしょうし、今のような厳しい環境下ではマーケットを活性化させる仕組みが必要になります。

クラブ視点では、そうしたルールや仕組みがなぜ・どのような目的で生まれた/生まれるのかということに想いを巡らせつつ、いかにそれらに対して「オープンな姿勢」でいつづけられるかが、コロナ禍やファントークンといった新サービスのような「環境変化」に適応できるか否かの分かれ目となります。
(「オープンな姿勢」。個人的には、本講義を通して一番の学びはココでした!)

二つ目は、それぞれのクラブが目指したい「目的地」と、それに対して今立っている「現在地」を把握した上で、(この後が最も「肝」な点だと理解しているのですが)多様なステークホルダーと「期待値のすり合わせ」をすることが重要になってくるという点です。

本講義の大きな要素の一つに「クラブオーナー・経営者」というものがありましたが、そのようなクラブの舵取りを任せられた人達が、まずは自らのクラブは何ができていて、逆に何ができていないのかを考えることが大切というわけです。

そしてそこで終わらずに、そのことをクラブを支えて下さっている各ステークホルダーの視座にも立ち、対話をすることでクラブの経営状況や方向性を理解し合うことが今後より重要になってくるのではないかという話になります。(このことは、山田塾の定例講義テーマである「IR・PR」にも通じそう?)

【山田塾定例講義年間スケジュールはこちら】

最後に三つ目として、「クラブに対する投資をいかに呼び込むか」という視点が重要になってくるのではないかということです。講義の中で利重さんは、「(クラブ経営における)お金の出所として、アメリカのファンドは無視できない存在」と仰られていました。例えば、欧州(リーグ)を拠点とするクラブであれば、ある意味で大きく異なるサッカー文化を持つアメリカ資本をどのように捉えて、アプローチをかけていくのか/いかないのかを考えていく必要性が以前にも増して出てきているのではないでしょうか。

また「クラブに対する投資をいかに呼び込むか」という視点に強く関連するやり取りが、講義最後の利重さんと塾生のQ&Aセッションでも展開されました。

その質問というのが以下です。

Q.「今後のクラブ経営の一側面として、”Women’s Football”の動向に興味があり、今後の展望を含めてご意見をお聴きしたい。」

この質問に対する利重さんのご回答の中にあったのが、欧州の女子サッカーに対する「投資の凄まじさ」です。欧州の中でも数年前と比較するとケタがいくつも増えている勢いとのこと。

インクルーシブ」や「LGBTQ」といったものが重要になってきている世の中において、スポンサー企業の立場で考えてみても、サポートしている女子チームには欧州出身の選手だけでなくアジア人もアフリカ人もいるとなり、時代にマッチしたスポンサード案件として取り組めるわけですね。

結局は、こうした女子サッカーへの投資やPSGのファントークンの一部給与活用の取り組み等オープンな姿勢でいながら変化に対応していくような経営、講義中に福田さんが仰られていた言葉をお借りすると「両利きの経営(=「知の深化」と「知の探索」の両輪を回すこと)」が今後より大事になってくるんだろうなと強く感じました。

いやはや、今回の講義も非常に旬なネタを、ダイナミックかつ論理的に学ぶことができました。利重さん、本当にありがとうございました!

今回の題材ですが、山田塾とのコラボ記事も多数掲載いただいているfootballistaさんでも利重さんの解説記事が読めます。月額980円ですが、山田塾同様価値ある記事が満載です。ご興味ある方は是非ご登録下さいm(_ _)m

最後に余談となりますが、今回ゲスト講師として講義をして下さった利重さんから、山田塾に対するこんな嬉しいコメントを頂きました。

「スポーツファイナンスをテーマとして取り上げた着眼点がすごい」
「スポーツファイナンスに限らず、スポーツを通してお金の仕組みを学べる貴重な場」

今回のnoteを読まれて少しでも「山田塾」が気になった方は、ぜひ以下のページから参加を検討されてはいかがでしょうか。月額980円で、月一回の当該講座だけでなく、今までの講座のアーカイブ動画や資料、コミュニティ内の熱量高いメンバーの方々とのコミュニケーション等を通して「スポーツファイナンス」を楽しく学ぶことができます。

記事に少しでも共感、興味などお持ち頂けたなら「スキ」や「フォロー」をして下さるととても嬉しいです。

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

(執筆:深谷興士、粕谷聡太、武政泰史)

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