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3年3組へ

3年3組のみんなへ、卒業おめでとう。

今年初めてみんなに出逢った僕は、2年分の思い出が足りないから、仲間に入れてもらいたくて必死でそれを埋めようと思いました。言葉は関係性の上で浅くも深くも響くから、届かない思いを知る度に、人生って難しいなと思いました。それでも、たくさん喋って笑いあい、関係性ができていく音がすると、話を聞いてくれる時のみんなの目が変わっていくのがわかったから、人生っておもしろいなと思いました。結果的に友達か何かと勘違いされるポジションの大人になってしまったことは解せないけれど、僕の言葉が届く関係性になれたことが嬉しくて、今もまたこうして僕の話を聞いてくれる時の目が好きで、つい調子に乗って今日もまたたくさん喋ってしまいそうです、残された時間は限られているのにごめんなさい。

最後にみんなに送るメッセージだから時間をかけて考えよう、そう思ってこの手紙を書き始めたのは冬休み明けのことでした。そうやって卒業まであと何日と終わりを意識したら急に寂しくなって、自分がやさしくなっていくのがわかりました。そこに僕の弱さがある。都合よく、明日も会えるから雑でいい。もう会えなくなるからやさしくしようと、なんだか自分のやさしさには温度差があるようで嫌だなぁ。ちっちゃいなぁって思いました。

そんな中みんなは温度の変わらない、ずっとやさしい人でした。悲しい顔をした人にそっと寄り添えるやさしさと、悲しい顔をした人をそっとしておけるやさしさがあって、そこにはポジティブで強引にひっくり返すような荒々しさはなく、温かさとやわらかさのあるやさしさだったなって思います。だからみんなの周りにはたくさんの笑顔があって、みんなと一緒に過ごした僕にもまた幸せな時間が流れていたんだと思います。

これからも変わらずに人にやさしいみんなでいてほしいけれど、やさしいみんなだから傷ついてしまわないか心配になることもあります。なんでもかんでもやさしさで受け取ってしまって、言いたいことも言えず自分だけが我慢してみたり、自分だけが傷ついてみたりしないか心配です。人にやさしいみんなが、どうかそれ以上に自分にやさしい人でありますように。

自分にやさしくするっていうのは、自分の幸せを誰にも奪われないってことです。自分が好きなこと、自分がやりたいことを誰かの当たり前や世間の常識に奪われないってことです。いいのよ、あなたが美しいと思ったら美しくて、あなたが美味しいと思ったら美味しいの。誰かに寄せる必要も無ければ、無理して合わせる必要もない。あなたが幸せを感じるものだけを丁寧に選んでいってくださいね。

今年1年、僕に出逢ったからあった未来もあっただろうし、僕じゃなければ見えた未来もあったはず。こうなるはずじゃなかったのに、そんな思いがあるのであればごめんなさい。でも出逢いなんて、自分の望んだ通りにならなかった方が往々にしておもしろくその後(のち)の人生に響くと僕は思っています。僕は自分の目の前の人を大切にできるのが自分の良さだとわかっているから、きっと他のクラスの担任をしていても、今日こうして素敵なお別れができたと思うけれど、自分で選べなかった先で出逢えたのがみんなでよかったです。与えられた偶然を、ちゃんと正解にしてこれた自分と、この一年上手くいかないことも、逃げ出したいこともあったけど、すべて正解だと思わせてくれたみんなに感謝します、ありがとう。

恥ずかしさや寂しさを理由にふざけてみたり、出し方を間違えるときっと後悔する。だから素直に伝えるね、みんなの生き方が大好きでした。

いくつになってもお別れが苦手です。でもさようなら、また会いましょう。その時もお互いに幸せでありますように。

2024年3月19日
やまだえっせい

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