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28.タバコと向き合う

誰も言葉にせず、話題にすらしないが、ほぼ全ての人間が外出する前に唱える呪文があるはずだ。そして、その呪文は人によって内容が異なる。私の呪文は

【財布、携帯、鍵、タバコ】

である。このように外出の際、所持品を確認する呪文を各々が持っているだろう。私の場合、このアイテムの中に"タバコ"という物が常に組み込まれている。それ程密接な存在だ。

タバコと付き合い始めてから気の遠くなる時間が流れた。これまで懐刀の様に常に身辺に忍ばせて生活してきた。ちなみに私の喫煙本数は1日1箱未満程度である。

だが、ある日私は思った。

もしも"タバコをやめる"という状況になった場合、私はちゃんとやめられる人間なのだろうか。その場合、私の体や心にどんな変化が起こるのか。興味本位と思い付きで私は突如として禁煙チャレンジを試みる事にした。

10本程度残っているタバコを全て消化してからスタート。などという甘っちょろい事はしない。大体こういう奴に限って成功しない。やめると言ったらやめるのだ。かと言って捨てもしない。中身の入ったタバコを部屋の片隅に置いてスタートする。こうする事により

【タバコがあるのに吸わない俺】

という肩書を発生させ、精神的なアドバンテージを確保するのだ。

正直、今こうして当時の心境を書いているが、我ながら何を言っているかさっぱり分からない。だが、この時は本当にこんな事を思っていたのだ。

そして、やる事は"吸わない事"ただこれだけだ。

●禁煙初日
やはり、ちょっとした恋の様にふとした時に思い出す。いつも吸っていた時間や少し一息ついた時、気付けばその事ばかり考えてしまっている事もしばしば。いつでも探している感覚だ。

●禁煙2日目
喫煙者なら分かるであろう、タバコを吸いたくなるシチュエーションの3本の指に入るのが寝起きだ。寝室から起きてリビングへ向かいテーブルの上を無意識に探す。だが途中で禁煙チャレンジ中という事を思い出し素通りする。歯を磨き、ソファに座るがどこかにタバコの姿を探している自分がいる。

●禁煙3日目
車の運転中、特に朝の信号待ちなんかは特に思い出す。寝起きで夢うつつの中、吸わないと決めたのに思い出してしまう。そして無意識に探し始める。交差点でも夢の中でも。こんなとこにいるはずもないのに。

だが、この辺りまで耐え忍ぶと少し状況が変わってきた。吸わないという生活サイクルが体に身に付いてきたのだ。もちろん時には思い出すが、脳裏によぎったとしても"忘れる"や"考えない"という思考の強制排除で何とかなる事に気づく。サイクルが出来上がれば、あとの注意点は多勢で酒を酌み交わす時だ。私の場合、ライブハウスというのが難関となる。

●鬼門 ライブハウス
ライブハウスは好きな音楽と仲間、酒とタバコが渦巻く世界だ。気兼ねなく話せる仲間と酒、これがタバコを誘発させる恐れが非常に高い。特に喫煙者というのは禁煙チャレンジ中の人間に対して様々なトラップを仕掛ける習性があるのだ。このトラップにほろ酔いで近づくと気付いた頃には時既に遅しの状態などざらにある。
案の定、仲間達はあの手この手でトラップを仕掛けてきたが、全て想定内の事。ささっとトラップを掻い潜り、自分のペースを保持する。途中、吸いたい欲が上昇してかなり危ない局面もあったがタバコを吸っている奴にこっそり近づき、漂う煙の中で思いっきり深呼吸するというルールギリギリの行為で何とか難を凌いだ。

こうして喫煙しないというサイクルを見出し、鬼門も攻略した。完全に流れはこっちのものに出来たのだ。仮にタバコを思い出した時はタバコ以外の事を考える様にすれば自然と切り離す事が出来る。

こうして気が付けば禁煙生活を続けて3ヶ月が経とうとしていた。

これは完全に禁煙成功である。他の禁煙成功者に尋ねても3ヶ月やめる事が出来れば成功というお墨付きもいただいた。正直それ程難しい事では無かった。

という事で、私は喫煙を再開する事にした。

人から言わせれば"勿体ない"やら"何考えてるんだ"やら様々な物言いがつきそうだが、これは"私が禁煙出来る人間かどうか"のチャレンジだったのだ。で、結果は圧倒的勝利だったのだ。実験終了なのである。とどのつまり

いつでもやめる事が出来るので、いくらでも吸える。

という所に落ち着いた。

そして禁煙前に興味を持っていたもう一つの事が"禁煙した時に体や心にどんな変化が起こるのか"という事だ。

変化は幾つかあった。禁煙を始めて直ぐ気付くのが朝の目覚めが良くなる事。喉の調子の向上、コンビニへ行かなくなる、匂いの変化に敏感になるなどあったが、私の中で一番大変だったのが[空腹感]だ。喫煙の欲求なんかよりよっぽど振り回される。

とにかく寝ても覚めても腹が減る。酷い時はメシを食べた直後に空腹感に襲われる事もあった。よく禁煙でイライラする事例を見聞きするが、これはニコチン切れでイライラというより腹が減ってイライラしているのでは?と思う程だ。甘い物、お菓子などがあまり食べない私が何度か買って帰ることもあった。正直、タバコはやめても続けてもどっちでも良かったのだが、この空腹感という現象が起きなければすんなりやめていた可能性もある。

この空腹感はタバコを再開した途端に鳴り止んだ。食欲を抑える効果がここまであるのかと驚いた。アホの様な提案だが、運動せず食事の量を減らしてダイエットしたいなどという人がいるのならタバコを吸った方が手っ取り早いのかもしれない。それ程の効果。

逆にもし本気でタバコをやめたい人に私が送れる言葉があるとするなら

【吸いたいと思ったら別の事を考える】という事だ。私の中ではこの方法が一番効果的だった。

"吸いたいという迷い"も"吸わないという迷い"もどちらもタバコに対するアプローチなので、そもそもタバコ自体を考えない様にするという事に意外と効果があった。考える内容など何でもいいのだ。ザリガニの事でも花の事でもこの後の予定の事でも。一つのテーマを3分真剣に考えるだけで良い。

吸いたい欲求というのは意外と一瞬の出来事なので、頭からタバコという言葉が消えれば気付いた時には欲望のピークは過ぎているという仕組み。というか実際そうだった。だがそれ故、これを書いてる今時点でタバコの事を考えまくっているので喫煙量が著しく増えている。

禁煙を志す方は手法の一つとして試してみてほしい。責任は勿論取らないが。

おわり

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