冒険の始まり。 佐渡島 渓流釣旅
真夜中の関越自動車道
運転席の彼を気にしながらも、仕事に疲れた私は夢と現実を行き来している。
私達の初めての夏休みは、佐渡島自給自足の旅、というテーマになった。
佐渡島とは日本海最大の離島で、その面積は約855㎢。東京23区の約1.5倍もの広さがある。私にとっては文字通り聞いた事も見た事もない場所であった。
登山が好きな私と、釣りが好きな彼。
一見「趣味があう」と思われがちだが、登山と釣りは自然遊びという点では近いかもしれないが、当人達にとっては大きく違う遊びだ。
平日休みの私と、土日休みの彼は休日を一緒に過ごすという概念が余りなくて、それぞれが好きに過ごしてきた。
長期休暇の過ごし方は二人で相談して、両者が満たされそうな島旅にした。
山から海を眺め、豊かな自然で漁をする・・・
どちらも楽しめて、お互いのテリトリーをそれぞれ紹介できるし、結構すんなり決まった。
いつだってワクワクする事を提案してくれる人が私は好きだ。
デコとボコ。違う考えや個性を持っているって面白い。
新潟港発の始発フェリーに乗るために、限られた休みを有効活用するため夜中の関越を爆走していた私達は、予定時間より少し早く新潟港に辿り着いた。
車ごとフェリーにのせると、佐渡島までの往復が4万円近くするのだけど、夏休み割引で約半額お得に利用する事ができた。
大きな船。
それだけでもう満足な気がした。
仕事は好きだし日常に不満はないけれど、あれこれ気を遣いながら過ごす日々は人並みに疲れるし、たまにどこか遠くにいきたくなる。
2等船室で冷房が寒いかもしれない、という事で持ってきたお気に入りのNANGAの寝袋を取り出した。登山3シーズン用に買った770FP採用の寝袋は明らかにオーバースペックだけど、半袖で滑り込むと安らかに仮眠をとる事ができた。
彼は釣りで車中泊をする時に使っている、という年季の入った寝袋に綺麗にくるまっていた。
2時間半で辿り着いたは小雨の両津港。
釣り人はまず、釣具屋に立ち寄り現地調査を行う事を初めて知った。
「生き物相手」の自然遊びは新鮮な現地の情報収拾が命なのだ。
私は釣具屋の物量の多さにまだ慣れない。
どよよん天気が楽しい時って、相当行動を共にしている人との相性が良いって事なんじゃないかな、なんてふと思う。
帽子もサングラスもいらないこんな日もまた良いではないか。
今思うと、すぐにでも釣りがしたいであろう彼が佐渡島観光を提案してくれた。
北沢浮遊選鉱場跡。
まるでラピュタの世界に迷い込んだようなノスタルジックな産業遺跡だ。
かつては東洋一の規模を誇った金銀の抽出施設の跡地だそう。
なんだかんだこの天気が更に深みや奥行きを演出している気がしてきた。
歴史を感じる旅は面白い。
そしてその足で私達は人の気配のない渓谷へ向かった。
私の釣り経験というと、この釣り旅に先駆け山梨県の奈良子釣りセンターでルアーフィッシング練習をしてきた。・・・だけ。
目に見えないようなほそーーーい糸の扱いは想像以上に難しく、滅茶苦茶に絡まったりした。
奈良子釣りセンターは自然渓流の中で釣りができる事が醍醐味なのに、そこに行けるまでのスキルもなく、長方形の初心者用釣り場でひたすらキャストの練習・・・というか道具に慣れる練習をした。あっという間の6時間で、釣りってかなり難しいという印象で終わった。。
けど、釣れた喜びは・・・とても、大きかったと記憶している。サカナがうようよ泳いでいる、管理釣り場であっても、だ。
さあ。いざ出陣。
雨続きだったので、川は少し濁っていた。(と言っていた)
そして、思っていたより全然川幅が狭くて、振りかぶっては木にひっかかり、横投げは未修得のため空回りしっぱなし・・、釣り2回目の私としてはかなり厳しい環境だった。なんというか、ギリギリ釣りとして成り立つレベル。
けど、登山道のように地図もないこの場所を歩いて、「サカナ」という生命との会話の糸口を探すという事はとてつもなく新鮮で楽しかった。
そして運命の時はきた。
初めての1匹は、ちいさなちいさな天然の山女魚ちゃん。
この広い川の中で思考と技術とサカナの呼吸が重なり合った瞬間。
と、今になると色々思うけれどこの時は事故的に釣れた気がする。
何とかキャストして、食ってくれて、テンパって引き寄せて・・・。
登山ではどっぷり自然の中で過ごしているけれど、「動物」との触れ合いってほぼ無いに等しい。鹿や猿に出会ったり、熊を恐れたり…もちろん彼らのフィールドに人間が足を踏み入れているので意識する事はあるけれど。
それに対して釣りは、自然の中に自分が潜んで、サカナという動物だけを意識して時間を費やす。
まさに目から鱗だった。
そこから彼が中々のサイズを上手に数匹釣り上げ、私達は有難くその中から数匹をいただく事とした。
自給自足の旅、順調な滑り出しだ。
テーマに沿って、宿はとらずにその日暮らしのテント泊。
自然保護の概念から、適当に野営はせずにキャンプ場を利用する。
町と明日の遊び場の距離や都合を考えながら、海沿いのキャンプ場を訪れた。
自然相手の旅の予定は7割くらい未定であったほうが気兼ねなく過ごせる。天候や体力、気分によってプログラムは大きく変わっていくから。そして、その場での調査力、瞬発力、決断力が凄く大事。ひとり気まま旅はそれが100%自分満足度で決められるから大好きだが、彼との旅では全く前述の通りの思考で過ごせて知恵が2倍になり、更に楽しくなって嬉しかった。
さて、まずは寝床の確保だ。テントを張った。NEMOのTani2。私の愛用テントだ。
彼は初めての山岳テント泊だったようで、布切れと金属フレームがどんどんテントの形になっていくのを面白そうに見ていた。気がする。
中々手際よく張り終えたと同時に、雨が強くなってきた。
丁度調理場には屋根があって貸切だったので、ここで晩御飯とする。
山女魚以外は地元のスーパーで効率よく買い物をするという、ハイブリッド自給自足の旅。(ものは言いよう)
まずはサザエのお刺身を日本酒で味わう。至福。
新鮮な島野菜も、見ているだけで幸せだ。
山のうつわは軽くて丈夫なお気に入りのアイテム。
炭もいい感じに育ってきた頃で、サザエと貝串の炙り。言うまでもなく旨い。
そしてメインディッシュは山女魚の塩焼き。
命をいただく責任を感じながら、食べた。
雨が弱くなってきたので、食後は少し付近を散歩する事とした。
海で寝そべって暗い空を見上げると、雲間から星が見えて二人で喜んだ。
島の夜は早い。そのリズムに逆らう事なく、私達は静かに眠りについた。
翌日も、その翌日も佐渡の天気は不安定だった。
天気が良かったら山に登りたかったけど、この状況では釣り一択だ。
何より、もっともっと釣りがしたい、と想像以上に自分の気持ちが盛り上がっていた。
思った通りのところにルアーを落とす事も出来ない自分にもどかしさを感じながら、雨に打たれて全身ビショビショになりながら沢の中を歩くのが楽しかった。
釣り道具は一式彼が用意してくれた。
メガバスのロッドに、ピンクの背中が水中でも目立つルアーはアメリと名付けて愛着が湧いた。
山の奥では岩魚にも出会えた。
狙った落ち込みに上手くルアーをキャスト(投げる)できて、一発目で食った。
昨日の事故的な釣果ではなく、狙いがハマった1匹との出会いはその数倍嬉しい事を知った。
サカナの体がこんなにも美しいなんて、と感動してまじまじ眺めた。
お祝いにお赤飯を食べた。
しっかり整備された登山道を歩いて出会う絶景とはまた違う、静かに満たされていく楽しみを知った。
佐渡は海も豊かで、漁港も数えきれないほどある。
海ではアジングを教えてもらった。
どこに投げても良いという点では、川より全然簡単だった。
あっけなく鯵が釣れた。
今夜の夕食は豪華になりそうだ。
釣りして、歌って、島時間。
テーマソングは時に森山直太朗の「生きとし生ける物へ」で、時にTM NETWORKの「Get Wild」だった。
自分のガイドブックには載っていなかった島旅の楽しさを知った3泊4日。
新たなアウトドアの扉をノックした。
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