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Chapter3:日本の音楽ビジネスの仕組み<3>(レンタルから知る日本市場の特殊性)


『新時代ミュージックビジネス最終講義』(2015年9月刊)は、音楽ビジネスを俯瞰して、進みつつあるデジタル化を見据えてまとめた本でした。改めて読み返しながら、2020年〜21年視点での分析を加筆していきます。
 未来を予見するためにも、現状を改革していくためにも、まずは 正確な現状把握が必要です。 守るべき掟と、変えるべきルール、そんな視点も交えながら、できるだけ構造的に説明していきます。

日本の特殊性を示すカラオケとレンタル

 日本独自の音楽関連サービスとして代表的な存在である、カラオケと レンタル CD店について、押さえておきましょう。
 まず知っておきたいのは、後述の着メロも含めて、新しい音楽サービ スは、必ず音楽業界の外側から起きているということです。音楽を使った新しいサービスが外に起きて、ユーザーに支持をされ、結果、音楽業界に利益をもたらすという構図は着メロでも同じ形でした。
 音楽業界の内側で仕事をしていると、アーティストや音楽の価値を中心に発想してしまいます。この素晴らしい作品をどう広めようかというのは、もちろん、とても大切なことなのです。ただ、1 つ間違うと供給 者の論理になってしまう危険性があります。ビジネスを考える時は、ユーザーの立場、視点から組み立てないといけません。ましてや“消費者側に立つ”というのがニューミドルマンの 基本姿勢です。そして、供給者から消費者に主権が移っていくのは、時代の流れによる必然的な変化です。

無視できない規模を誇るカラオケ

 カラオケは、日本に最近定着した娯楽の 1 つと言えるでしょう。成熟 期を迎えて、売上高はゆるやかな下降線を描いていますが(2014 年は前年比 3%増)、ユーザーの生活に溶け込んだ音楽サービスです。
 ユーザーが歌うためのオケ(インストゥルメンタル)を提供する通信 カラオケの仕組みについては、第一興商とエクシングの2社に集約されました。カラオケに関する著作権は、通信カラオケの2社と、カラオケボックスやカラオケを持つ飲食店の両方から徴収されています。通信カラオケは録音権、カラオケボックスは演奏権と、支分権も異なります。ちなみに、徴収をもっと効率化して JASRAC の手数料を下げた方が、 音楽業界にとってはプラスだと思います。
 著作権収入としても、カラオケは無視できない規模があります。カラオケで長く歌い継がれる名曲は、長く権利収入があります。また、カラオケヒットという言葉があるように、メディア効果も持っていて、ユーザーが歌ってくれることで広まっていく楽曲もあります。
 余談ですが、カラオケが普及したことで、ミュージシャンの仕事が無 くなったという話があります。“ハコバン”と言われる、お店で演奏す る仕事が無くなったからです。
 面白い現象だと思ったのは、売れない音楽家のアルバイトは、カラオケ用のトラックの打ち込みに変化したことです。着メロの音源制作も、 音楽家のアルバイトがほとんどでした。食えない音楽家が稼ぐ場所は、 音楽ビジネスの周辺で似たようなところにあるように感じますが、偶然でしょうか?

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他国には無い“貸与権”

 さて、レンタル店については、長い歴史があります。エイベックスの創業者である松浦勝人社長が、レコードレンタル店のアルバイトから名を挙げたのは有名な話です。僕が 8 年間理事を務めた日本音楽制作者連盟も、貸レコードにおけるアーティストの権利を獲得するために 1986 年に設立された団体です。
 音楽業界と貸レコード業界の戦いは、他国には無い“貸与権”という権利が法的に認められたことで、貸レコード業界側が勝利しました。ただし、報酬請求権は権利者にありますから、業界団体同士が、使用料を話し合うことになっています。
 貸与権にまつわる権利は、前述の著作権、レコード製作者の著作隣接権、実演家の著作隣接権と3つあります。それぞれ、JASRAC、日本レコード協会、実演家団体 (芸団協CPRA) が、貸レコード商業組合 (CDVJ) と交渉して使用料を決めています3つ合わせて、年間約100億円の使用料が、権利者側に支払われ、レンタル利用状況に応じて分配されるという仕組みになっています。
 僕は CPRA の貸レコード委員会で、CDVJ との条件交渉担当をやったこともありますので、この辺の事情は細かく知っています。本に書けないこともありますが、その経験で痛切に感じたのは、レコードからCDにレンタルする商品が変わった時に、根本的にルールを決め直す必要があったということです。
 レコードをカセットテープにコピーする行為と、CD をリッピングする行為を同じルールでやっているのが、日本の音楽業界です。他国に比べて、著作権に対する意識が高い日本人に助けられていますが、矛盾が生じるのは当然ですね。
 “貸与権”ができてしまって認めざるをえなくなっても、日本のレコード業界は、レンタル業のことを苦々しく思ってきています。一方で、 イニシャルと呼ばれる初期出荷の 10%くらいをレンタル店向けが占めることが多いので、取引先としては認めざるを得ないという、複雑で微妙な関係でした。
法律的には、貸与権があるのは発売 1 年後の CD からです。発売後1年経ったらレンタルに出さなければならないというのが法的なルール で、実際洋楽の CD は、そのように扱われています。ところが邦楽につ いては、レコード協会と CDVJ の話し合いで発売後 2 週間でレンタル 可能という取り決めになっています。ユーザーに借りてもらえる新譜が 欲しいお店と、レンタル店への売上とレンタル使用料が欲しいレコード業界が折り合った条件なのです。このように複雑で微妙な関係の上で、 レンタル業というのは成り立っています。

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 僕が皮肉な現象だなと思ったのは、レコード業界が、最も恐れた Apple の iTune Store の普及を止めたのがレンタル業界だったことで す。アメリカなどでは、音楽流通の中心がiTunes Storeになりましたが、日本はなりませんでした。理由はレンタルの方が安いからです。 アルバムが 300 円程度で借りられて、PC に取り込み、iPod などで聴けば、iTunesStore からダウンロードする必要が無いと考えるユーザーが 多かったのでしょう。
 1980 年代生れ以上の日本人の音楽消費行動として、CDレンタルは 根付いています。ただ、店舗数で言うと、5割がTSUTAYA、25%がGEO、そして他店を全部合わせて25%となっています。全体の店舗数は減りながらTSUTAYA、GEOは微増ないし横ばいなので、比率は上がっているという状態が長年続いています。CD レンタルの売上シェアは分かりませんが、おそらく TSUTAYA 比率が高く 8 割程度を占めていると言われています。つまり、TSUTAYA がレンタル CD を止め る時が、産業としてのレンタル業が終わる時と考えて良いのではないでしょうか?
 iTunes Storeの普及は止めたレンタルですが、ストリーミングサービ スが普及すると、レンタル業の役割は終えると僕は予測しています。そ んな環境で、全国に 2,000 店舗以上存在する、音楽ファンが日常的に足を運ぶ習慣のあるショップを、新たなサービスで活用できるビジネスが出てくることを期待したいとも思っています。
 カラオケとレンタル。日本独自の文化として根付いた音楽サービスの 歴史から学ぶことは少なくありません。(続く)
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2020年11月付PostScript
 レンタル店の話はもはや「歴史上の出来事」という感じもしますね。ほぼ歴史的な役割を終えつつあったレンタルCD店の息の根をコロナ禍が止めたという印象を持っています。歴史上の出来事しては、日本でiTunes Music Storeが根付かなかった主な原因はレンタル業の存在でしたので、日本市場の特徴だったことは間違いありません。
 ここにも書いたように、僕は日本音楽制作者連盟の理事時代に、実演家側の権利を代表して、CPRAの「貸レコード委員会」の交渉責任者として、日本レンタル商業組合と著作隣接権の条件交渉を3年間くらい担当しました。その時期に分配額が大きく上がったのは、当時理事長だった大石さんの力で、僕はさしたる貢献はできてないのですが、元菅直人の秘書だったという海千山千のCDVJ専務理事とのハードな条件交渉は、貴重な体験で、社会勉強になりました。公式の交渉の場では怒って席を立ち、裏で連絡をとって、夜に食事をしながら落とし所を探るなんて、「オトナな政治」をする日が自分に来るなんて思いませんでしたww
 もう一つ勉強になったのは、レンタルCDという一つの業態が終わっていく時に、下降期にどんな事が起きるのか、言ってもそこに雇用や、経営者の生活はあるわけで、終わらせることの難しさも含めて体験できたのは貴重でした。また、アナログレコード時代に決めたルールをCDに商材が変わった時にそのまま認めてしまった、音楽業界側の大きな失策からも学ぶべきことは大きいです。CDから簡単にファイルコピーできることで、違法リッピングを広めたわけです。デジタルテクノロジーへの無知が、産業全体に悪影響を与えるのか、象徴的な出来事であったと思います。

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モチベーションあがります(^_-)