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第6章:ウェアラブルデバイスとIoTの衝撃(後編)

5年前の拙著を引用しながら、この5年間で起きていることの「答え合わせ」と、5年後の展望を考えるコラムにしています。『ビジネスに役立つデジタルコンテンツとエンタメの話』

日本ベンチャーへの期待

 日本のベンチャーからも有望なウェアラブル商品が出ています。 衝撃的なデビューを飾ったのは、家電ベンチャー企業の「セレボ」の新商品でスノーボードに装着するデバイス「XON SNOW」です。これを使うと、自分の滑り方が数値やグラフで可視化され、専用アプリで確認することができます。初級レベルを超えたスノーボーダーが、上級者になるための手助けをするデバイスです。2015年1月にラスベガスで開かれた、世界最大のエレクトリック・ショー「CES (ConsumerElectronics Show)」で数々のメディアにとり上げら れ、アメリカのデジタルトレンド誌の「TOP TECH OF CES 2015」特集におけるスポーツ &フィットネス部門で1位を獲得しました。 「セレボ」は今後も新商品を次々と発表する予定とのこと、楽しみに待ちましょう。
 指輪型のウェアラブルデバイス「リング(RING)」も非常に注目されています。 アメリカでは、ベンチャーや新規プロジェクトの担当者が、インターネットなどを介 して不特定多数の賛同者から資金を集める「クラウドファンディング」の仕組みが普及していますが、リングはアメリカで最も影響力のあるクラウドファンディング「キックスターター」にて公開後わずか1日半で目標額 25万ドルを達成しました。指輪のように指にはめて、テレビのオンオフは「△」、音楽の切り替えは「?」など、 自分の好みのジェスチャーを登録し、その通りに手を動かすことで、家電やアプリなどを動かすことができます。空中で手を動かすというまさにSF映画のようなイン ターフェースを実現させています。
 もう一つ紹介したいのが、「Moff」です。これは、子供向けのおもちゃとして 開発された腕時計型のウェアラブルデバイスです。連動するアプリの画面上には 「Sword(剣)」や「Toy Gun(おもちゃの銃)」「Ninja(忍者)」と いった遊びのアイコンが並んでいて、腕を振るとその動きに応じて、iPhoneから効果音が鳴ります。たとえば、「Sword(剣)」であれば映画や時代劇などで よく聞くチャンバラの音。腕の振り方や回数でサウンドのバリエーションがあるの で、腕を振り続けても飽きることはないでしょう。「エデュテイメント」分野のインターフェースとして注目されています。
 日本のベンチャー「ビートロボ」による新しい商品「PLUGAIR」も注目で す。スマートフォンのイヤホンジャックに PLUGAIR を差し込んで、アプリ経 由で認証させると、独自の IDを持つことができます。PLUGAIR には、キューブ型、Tシャツ型などがありますが、外形は独自キャ ラクターにもできるので、いわば、クラウド上のカギをグッズ化できるサービスです。 デジタルに完結するよりもユーザーに訴求しやすく、企業が販促用アイテムとして無料配布したり、アーティストがツアーグッズとして販売するのにも適しています。スマートフォン時代とウェアラブル時代をつなぐ役割として、今後の急速な普及が 期待されているサービスです。

「グーグルグラス」販売中止が示す、プライバシー問題

 2015年1月に「グーグルグラス」の個人向け販売の中止が発表されました。理 由は、個人のプライバシー侵害への懸念です。「グーグルグラス」は、2014年9 月から開発者向けのモデルの販売をはじめていましたが、それも中止になりました。 金額は1500ドル(約18万円)でしたから、デジタル好きには手が出しやすい金額 だった気がします。
 このニュースは、新しい技術の普及の難しさを物語っています。グーグルグラスを装着し、目の前の人の個人情報を取得するという機能もあるので、個人がどこまで情報を開示するのか、誰がそれを個人情報と判断するのか、難しい問題が山積みです。
 眼鏡型は目立つので、装着していると相手から警戒されるという懸念もあるようです。日本企業は個人情報のとり扱いについては神経質で、表向きは、個人が特定できない形の類推情報をとり扱っていることになっていますが、日本だけでなく、ヨー ロッパでも個人情報に対する警戒心は強いそうです。
 常に技術の最先端を走ろうとするグーグルは、これまでもサービスを出しては引っ 込めるということを繰り返しています。今回は開発者向けとして商品を販売し、リアクションがわかったところで、十分成果があったと判断しているのかもしれません。 ただ、これでグーグルがウェアラブルデバイスを諦めることはないでしょう。
 眼鏡型ウェアラブルデバイスは、装着した後、声で指示を出せば、目の前に半透明 な状態で情報を表示してくれます。ハンズフリーで資料をみたり、写真や動画撮影も できます。運転をしながら動画を撮影できますし、野球やサッカー、空手などのアクティブなスポーツをしながら、同時に映像を残すことも可能です。
 今後、さまざまな会社から、予想もできないような新しい商品が出てくることで しょう。

「ホモ・コネクシャス」として 生きていくのだ

 ポストスマートフォンの主役として注目されているウェアラブルデバイスの現状を みてきました。携帯電話がスマートフォンになっても、ポケットに入れて、手に持って使うことは同じでしたが、ウェアラブルデバイスを誰もが身につけるようになると、見た目が違ってきます。また、周辺にあるモノが全て、IoT化して、ネットに繋がると、生活も大きく変わります。

 では、ウェアラブルやIoTが僕たちにどういう影響をおよぼすのか、掘り下げて考えてみましょう。
 ちょっと哲学的に、「人間とは何か?」ということにもつながる話です。 人間の学術名「ホモ・サピエンス」は、知恵のある人という意味のラテン語です。パスカルが 世紀に「人間は考える葦である」といったのは有名ですね。 アメリカの物理学者ベンジャミン・フランクリンは「人間は道具をつくる動物」と 規定しましたが、フランスの哲学者H・ベルグソンは人間の本質は物をつくり、己を 形成する創造活動であるとして、「ホモ・ファーベル(つくる動物)」と名づけました。オランダの歴史家ホイジンガは、遊ぶことが人間の本質的機能だとして、「ホモ・ ルーデンス」(遊ぶ動物)といいました。このように、有史以来、「人間とは何か?」という本質をみようとした哲学者達は、 各々の言葉で人間を定義してきました。
 2010年代になった今、「人とは何か」を定義するとしたら、僕は、「ホモ・コネクシャス」と呼ぶべきだと思います。 「インターネットにつながっている動物」というのが人類の定義になりはじめていま す。必要な情報は全てオンライン上で入手しますし、行動のきっかけも全てネット経由になっている時代です。
 もちろん、「つくる動物」に休息が必要なように、「つながる動物」にもオフラインの時間は必要です。最近は、アメリカなどで「ネット・デトックス」という、積極的にオフラインの状態をつくることが健康な精神のために必要だといわれはじめていま す。これからの高級リゾートでは、緊急連絡の仕組みを確保したオフライン状態にす るようなサービスが提供されるようになるでしょう。
 しかし、社会的な活動を行うときの前提が、常時インターネットにつながっている ということは避けられない現実で、元に戻ることはないと思います。
 気の早い話ですが、ウェアラブルの次は、人間の身体の中に、ICチップを埋め込む、「サイボーグ化」だという人達がいます。完全にSF映画の世界ですね。『攻殻機動隊』などのSFアニメが思い出されます。僕は、自分が生きている間には、「人のサイボーグ化」が主流になる社会にはならないと、希望的観測も込めて思っています が、いつかははじまるのだろうなとも推測します。デジタル社会の進化には前向きな つもりですが、身体に異物を入れるのは正直、抵抗があります。
 なぜピアスもしてない僕が、ICチップを身体に埋めなければいけないのでしょう か?(笑)。 「手首やくるぶしにチップを埋め込むよりはマシなんだから、眼鏡や腕輪くらいは我慢しようよ」。ウェアラブルデバイスに拒否感がある人に対して、そういう説得の仕方をする時代が、もうすぐ来るのかもしれません。
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<2020年のPost Script>
 一つのサービスが社会で当たり前に受け入れられる前には数多くの失敗事例が積み重なるものです。その死屍累々の上に、道が拓けるのは歴史が証明しています。Facebookの前にいくつのSNSが生まれ消えたのでしょうか?Napsterがレコード業界からの訴訟で倒産した上に、設立時から大手レコード会社が出資したSpotifyの成功がある訳です。この多産多死の仕組みに起業家と投資家の組合せが向いてるので、スタートアップとVC(ベンチャーキャピタル)が世界中に一気に増えました。
 5年前の本書を読むとまさに死屍累々です。セレボは失敗事例とは思いませんが、創業者の岩佐さんは、パナソニックに「出戻り」しました。日本では珍しい事例なので期待しています。パナソニックの活性化は日本の産業界に大きなプラスになりますね。
 RINGを出していたLogbarは、ポケットサイズの翻訳機illiにピボット(方向転換)しました。PLIGAIRは僕も応援していたのですが、iPhoneからイヤフォンジャックが消えたことで商品のコンセプトが消えてしまいました。Moffはヘルスケアに方向転換しているようです。
 個々のプロダクトやスタートアップは苦しんていますが、僕が提唱した「ホモ・コネクシャス」に、人間が向かっていく流れは変わりはないと思います。『アフターデジタル』では、オンラインがメインで、オフラインと主従が入れ替わった形で、融合する世界が説かれています。ウェアラブルデバイスが当たり前になり、IoT(Internet of Things)とかわざわざ言わなくなるのが、本当の普及なのかもしれません。


モチベーションあがります(^_-)